
「侵略。……侵略?」
ある日、突然。ボクの頭の中でそんな声が聞こえた。
それは大変だ、どうしよう。逃げた方がいいのかな、と落ち着かない気持ちになり、その場で意味もなくおろおろと立ったり座ったり動き回った挙句に机に足の小指をぶつけて悶絶した。
「痛いよう。痛いよう」
ひとしきり転がっているうちに痛みがマシになったが、荒ぶる気持ちは落ち着かない。もうこの衝動のままその辺を走り回ってみようかと思ったところで、頭の中から声が聞こえた。
『おすわり』
落ち着いた声に、反射的に椅子に座る。
そのまま1分ほどじーっと待って、続きはないのかな? もう動いていいかな? と考え始めたところで
『いい子ね。でも落ち着きなさい。悪戯かもしれないでしょう』
悪戯!
そうか、悪戯の可能性もあるのかとボクははっとした。やっぱりレーコは賢い。
「そうだね! レーコが言うなら悪戯だよね! 心配して損しちゃった!」
嬉しくなってそのままベッドに飛び乗り、ゴロゴロと転がる。
レーコはボクが生まれた時から頭にいる誰かで、ボクの一番の友達で、家族だった。それ以上かもしれない。
レーコもボクの事は大切に思っていてくれて、だからボクが困った時や危ない時はいつでも助けてくれる。
『悪戯じゃない可能性もあるでしょ』
「ええっ、そうなの!?」
ガーン、と頭が重くなる。襲われるのかな。襲われないのかな。どっちなんだろう。
ついさっき安心したところだったので、なんだかとても悲しくなってしまった。
ボクがしょげていると、レーコが優しい声で話しかけてくる。
『いい? 玲子。悪戯かもしれないけど、それにしたって手口がおかしいわ。扇動……えーっと。みんなに喧嘩をさせたいのなら、バカでも分かるような分かりやすい事を言うと思うの。もしかしたら本当かもしれないから、しばらくの間は用心するのよ。わかった?』
「う、うん…わかった。…でも、もし侵略が本当だったら、ボクも戦うよ! ボクはこの街、大好きだもん!」
ボクの言葉に、レーコは少し考え込んでいるようで、しばらく声はなかった。
数分ほど待ってから、レーコは迷いの残った声で
『……そう。私はあなたに危ない目にあってほしくないけど…あなたがそう言うなら、私も手伝ってあげる。危ない事は私に任せるのよ。いい?』
「う、うん。そうだね。その方がいいよね! でも、ボクも手伝うからね!」
レーコはくすっと笑ってくれて、ボクはとても嬉しい気持ちになった。
『あなたは本当に可愛いわね。私の可愛い――ワンちゃん』
とっても優しい声でそう言うと、レーコはボクの手を動かして、頭を優しく撫でてくれた。