
ナレハテと呼ばれた泥のような怪物を倒して、それから少々歩いて。
慣れない戦闘での疲労を癒す為に立ち止まって。
そうしてついでに、流れ込む記憶をひとつひとつ見直していた。
現在は勿論、そこから過去に遡り、遡り、遡り、幼い時分からじわじわと。
流れ込む記憶。イバラシティでのここ1、2ヶ月分の日々。
流れ込む記憶。友達が出来たり。怖い事もあったり。美味しい物を食べたり。
流れ込む記憶。執事で、幼馴染で、頼れる同居人で、少し危なっかしい彼と過ごした毎日。
思い出す。思い返す。そして考えて、考えて、考えて――。
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ピュアッツァレラ 「――?」 |
ふと、疑問が湧いた。
その幼馴染が居るなら、何故イバラシティに引っ越した?
その幼馴染が居るなら、何故異能に対する認識でイジメが起きた?
なぜ?守ってくれるだろう彼は、守ってくれるだろうタイミングに居なかった?
流れ込む記憶。答えは簡単だ。
"ピュアッツァレラ・ザリアンルージュに幼馴染は存在しない。"
そんなものは初めから存在していない。
存在していないから、守ってくれる事もない。
ならば、共に過ごした【世渡セト】とは?その答えもまた、ごく簡単だ。
目の前にあるこれが世渡セト、だったのだろう。
この、アンジニティの存在たる、異形の徒が。
それは全面を継ぎ接ぎの装甲で覆われた、円柱状の機体だった。
円柱の表面は錆びた鉄板や、未知の金属質が組み合わさって埋めているが、
所々に装甲の存在しない箇所もあり、そこからは内部の回路などが見えている。
その内部から延びたコードは、円柱表面の傾いだ液晶画面へ伸びており、
肝心の液晶はと言うと今は静かに緑の波長の映像を映していた。
円柱の下部にはぶら下がった太いコードと、がこがこと音を立てる巨大な歯車のような部品。
コードが剥き出しになっていたり、回路が露出していたり、
錆びた装甲があったりで円柱そのものは一見脆弱そうに見える。
しかし、その円柱の周囲には六つの巨大なオベリスクのような脚部が立ちはだかっていた。
それは円柱を守るように、或いはただ進む先の障害物を踏み潰すように無感情に歩みを進めていく。
一歩毎に地面を揺らし、鋼鉄の機械が上げるガシャ、ガシャという駆動音がその度重く響いた。
周囲に複数浮かぶイルカのような形のドローンに搭載された、一ツ目のカメラが少女の姿を捉えていた。
そして、その巨大な機兵はゆっくりと、へたりこんだ少女の下へと接近してきている。
がしゃり、がしゃり。その一歩一歩がハザマの大地を踏み固め、圧縮し、破砕して、近づいて来る。
……存在しない幼馴染は、きっとこの機兵が作りだしていた電子の幻だったのだろう。
或いは、この機兵すらも世界に幻を見せられていたのかもしれないが。
もうどちらでもいい事だった。世界がどうとか、侵略がどうとか、そういうモノの前に。
自分はこの目の前の機械の怪物があと数歩前に出て、そのまま命を踏み潰されて終わり。
諦念と絶望に目を閉じて、終わりを待った。けれども、それはいつまでもやってこない。
不思議に思ってぼんやりと開いた目に溜まっていた涙が、見開かれると同時に零れ落ちる。
傾いだ液晶画面に映る無数のデジタル数字、0101010101……。
続けてそれらがゆっくりと形作っていく人影。
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ピュアッツァレラ 「な……んで……」 |
――視界に飛び込む狐面、馴染み深い髪色。
それから耳に届く"幼馴染"の声、"執事"の声、その音。
そこにはいつもと変わらない日常のような彼が、
決してそれが日常ではない事を象徴する姿で映っていた。
しかし今、目の前にある『恐るべき機兵』は、間違いなく『幼馴染の彼』だった。
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ピュアッツァレラ 「セト……くん……?」 |
"幼馴染は存在している。"