
……沈んでいく。
……沈んでいく。
その、深さと暗さの中で、最後に。
……あなたの声が
"名前"を
呼んでくれたような気がして。
……何も視得ない、何も聴こえない。暗い暗い、深淵の底
……崩れていく意識の、最後に
……手を伸ばす──
─ ─ ─
1/prologue:Alice the Knight
─ ─ ─
世界を渡る時、そこに時間の経過が発生する。
そのことを、アリスは不思議に思っていた。
(どういう理屈なんだろうなあ、これは……)
あらゆる世界線の合間を潜り抜けて、目的の座標へと跳んでいく。
そこに≪時間≫という概念は存在しない筈だ。
数秒だとか、数分だとか、数時間だとか、数日だとか。
経過する時間は自己が存在する≪世界≫に、その存在が固定されて初めて発生するものだ。
流れるように、いくつもの並列した世界線、その合間を潜り抜けるこの瞬間に、時間という概念は存在しない。
けれど、確かに感覚として、一瞬でもなく、永遠でもなく、その≪間≫が過ぎているという実感はある。
アリスはそれを不思議に思っていた。
つか
が、しかし──彼の主、『女王様』には。不思議を求め、不思議を使役う彼女には、どうでもいい事のようだった。
不思議である、不思議がある。肝要なのはそれ、そのもの、その事実だ。
『そろそろ座標だぜ、アリスちゃん』
他愛の無い考え事を中断させたのは、女の声。
──同僚の声だ。ナビゲータシステムの担当。
「今回のは…何だったっけ」
未だ半分は思考の中から抜けきれず、呆けたままに尋ねる。
聞いたのは、仕事の詳細。そう、これからまさに任務にあたろうという所なのだった。
ワールドスワップ
『"世界喰らい"だ。侵略戦争だな~。いいねえ、楽しそうだ』
同僚が愉しげに語るのを聞いて、アリスは少しうんざりする様子を見せる。
争い事は、必要とあらば躊躇わないが、根本的には好きじゃない。
「戦争は僕向きじゃないなあ……お前が来た方が良かったんじゃないか?
空中庭園の花摘み、サボってるんだろ?」
『お、言うじゃんアリスちゃ~ん?あたしのナビゲートが無いと困るのはお前ちゃんだぜ?
そんな煽り入れていいのかな~』
軽口を言い合うアリスと女の声。
彼らにとっては、慣れ親しんだいつものやり取りだ。
目的の座標で一度、世界渡りを止める。
──そこは、終わりかけている世界。そして、再編されていく世界。
「──綺麗だな」
『同感だねえ』
消えてゆく可能性と、生まれゆく未来。
星屑のようなそれらが輝き消えては、また生まれる。
光、輝き、いつ何時、どの時空においても、それは存在を魅了する。
──あらゆる時空、いずこかの時間、何らかの理由でそれは発生する。
新たに生まれる世界。──世界新生。
そして、生まれ変わる世界。──世界再編。
それらに付随してまわるのは、新たな始まり、素敵な冒険、不思議な世界。
即ち、"不思議"。
彼らはそれを拾うもの。摘み集めて運ぶもの。
"騎士"アリス。同、アルカレプレ。
ワンダーランドピーシーズ
≪獣の国≫の遠征兵。それが彼らの役割。
『そろそろ完全に切り替わる頃合いだ。今回は新生じゃなくて再編だから成り代わりが要るぜ。
さっさとリソースのアタリを付けな、アリスちゃん』
イン・ザ・ワンダーランド オートスキャン
「わかってるよ。…権能顕現『獣の国のアリス』。周囲分析」
同僚の声にせっつかれ、アリスは自らの権能を展開し、周辺座標のスキャンを始める。
切り替わる世界に紛れ込む、その為に。失われていくリソースの一部を拝借する為に。
ほどなく、適合可能なひとつのリソース群を見つけた。
世界から切り離されて、ただ消えてゆく存在の残滓。
次の世界に選ばれなかったモノ達。その一部。
「あったのはいいけど、ステータス詳細が読めないなこれ。名前は"司馬"…ええと……」
『何でもいいだろ、コピーしてお前の要素だけ貼っとけば、インフォ殆どパクる形になるし。
問題無い無い。カタカタ、ッターンっと!──よし、"司馬アリス"爆誕だな』
「爆発させるな」
選んだリソースは、どちらにせよ次の世界には残らない筈の人物だ。
だからこそ、その情報の全て。在り方、立ち位置、名前──そうしたものを拝借し、次の世界に乗り込んだとしたら、大きな齟齬が発生する。
しかし、ごく一部を書き換えれば世界の修正力を誤魔化して、無理やりねじ込む事は可能だ。
名前は特に重要となる。その個体の認識名は、即ち世界から認識される名称なのだから。
『ん、なんだこれ?──黒ウサギ?おいアリスちゃんよ』
「聞いてる。どうした?」
『改竄の途中でリンカーが出て来た。血縁者?いや遠縁だな。どうする?』
「どうもこうも、ここにあるって事は、そいつはもう──」
『いや、消えかけだけどまだ個で残ってる。半分くらいは再編に喰われてるし、
放っておけば全部飲み込まれて勝手に都合の良いカンジに造り替えられるだろうけどさ』
「──そうか」
表示されたデータを参照する。女性、1X歳、XX、異能使い、
属性──炎、適正──黒兎。
キューブ状のビジュアルデータが表示される。半壊しているから判り辛いが──黒髪の少女だという事はわかる。
「……」
『アリスちゃん、どうする?』
「……」
正直に言えば、この手のイレギュラーは厄介事の種になる。それはアリスにもわかっている。
世界修正力を誤魔化すのは"騎士"にとってはお手の物だが、自分達以外の要素となれば、それはまた別だ。
放置するのが正解だ。この子がここで消えるのは、そういう運命だったのだから。
──…──……
ビジュアルデータが映り込む、キューブの向こう。
崩れかけの少女が、何かを掴むように、手を伸ばしたように見えた。
……──……──
正しくは捨て置くべきだ。
けれど。
運命に。
それに抗う意思があるのなら。
『……ま、だろうと思ったぜ』
呆れたような同僚の声を尻目に、散り消えゆく少女に手をかざす。
イン・ザ・ワンダーランド ピーシーズ・ポーン
「……限定解除!"獣の国のアリス"!位階"歩兵"!」
──君が、理不尽と、不条理と。覆しがたい運命と戦う者ならば。
「騎士"アリス"の名を以て、汝を我が兵に任ず!」
その手を取るのが──騎士の務め。それが、それこそが騎士アリスの在り方なのだから。
マーチヘア
「共に来い!汝の役は──"三月兎"!!」
─ ─ ─
prologue:end / to be Continued...
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