「運が悪かったな、俺ら。恵まれなかったんだよ。
そうだろ?だからさ…」
︙
どんなに幸せになれなくてもそれは仕方ないって言うしかないんだ。
俺らにはその資格が無かった、そう思えばいい。
………そうやって、正当化して諦めるんだ。そうすれば楽になる。
今までだって見てきただろ?自分の状況を見て、認められなくて、狂った奴らを。
皆、生きるのに必死なんだよ。俺たちと同じでさ。
生きるだけで精いっぱいで、それでいて…だからこそ、望むんだ。
幸せな未来とか、何かをさ。
でも、それは無理なんだ。
俺らみたいな がそんなことを考えちゃいけない。
身の丈以上の事を望めば…それは身を亡ぼす原因になる。
目の前の事だけを考えればいい。
生きる事だけを、死なない為だけのことを。
諦めよう。全てをさ。
俺らは、恵まれなかったんだよ。
なぁ―――
誰からの言葉だったか。
ずっと昔、俺もアイツも今よりずっと小さいガキで。
アイツは子供の癖に何処か達観していて…
…或いはもっと何か、俺には知り得ない深く暗い場所にいた。
ソイツからかけられた言葉の1つだろうが…ソイツが誰だったのか、何処で言われたのか…霞みがかって思い出せない。
思い出せないと言っても別に記憶の劣化とか単純に忘れたとかではないし、
そもそも俺がイバラシティに来るより前の記憶は断片的で、ほぼ覚えていない。
…端的に言うなら記憶喪失。稀にフラッシュバックのように何かを思い出すことはあるがその1つ1つは繋がらずに、
出来の悪いビデオか何かを見せられている気分になる。
記憶
≪今まで≫を失った俺からすれば、どれもこれも他人事のようにしか見えなかった。
今の俺の始まりは、ベッドの上。
意識を取り戻した時には真っ白な部屋の中で寝かされていて、そこが病院と気が付くには時間がかかった。
そしてやがて、記憶
≪自身の中にあった筈のもの≫がごっそりと抜け落ちている事にも気が付いて動揺し、少し絶望もした。
だって自分が自分じゃないみたいな…何かを思い出そうとしてはすり抜けて、がらんどうのようになって。
今までに何があって、俺がどう言う人間だったのか…それを正しく知っていた者は消えてしまった。
何処までもが私事だが、反するように何処までも他人事で、
この何処からか湧いてくる苛立ちは────
何を切っ掛けに、誰のせいかも、そしてどう消化すれば良いのかも分からなかった。
…幸いと言えば良いのか、『影縫 白塔』という自分の名前と異能の内容、使い方。
その他生年月日とか最低減自分が自分だと分かる要素は都合よく覚えていて、
いっそのこと全て忘れていたら良かったのにな、と思ったのは文字通り記憶に新しい。
………いや、やっぱり。そう考えると幸いというには不格好すぎるし、ある意味では運が悪かったのかもしれないな。
兎に角、病院で目覚めて暫くした後は半ば無理矢理退院して、
高校に編入して俺なりに日常へ…普通の生活に戻ろうとした。勉強して、それなりにクラスメートと馬鹿やったりして。
あまり人の多い所は好きじゃないが、それは置いておくにしても見た目はそれなりに、
『普通』の高校生らしくあろうとはしたつもりだ。
これ以上、今以上に異常を抱えたくも、異質になるのも嫌だった。
そんな面倒なことは起きなくていい。
普通に、平坦に、平凡に。代り映えの無い日常こそが俺の求めるものだった。
…そうすれば、
ふつふつと静かに煮えていた苛立ちも、この街で過ごすに当たっての違和感も、時の流れと共に消えると思う。
…思っていた。
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影縫 「…なのに、どうしてこんなことになっちまったのかなぁ。」 |
荒れ果てた土地。
廃れてさえ居なければイバラシティかのような────
あぁ、いや。そんなことは無い。
俺の知るイバラシティはもっと活気があってこんな
寒い場所じゃなかったはずで。
得体の知れない怪物だって彷徨いてないし…面影がほんの少し、微かにあるだけで全く違う。
きっと、もし『世界が終わったら』こんな感じなんだろうな。
そう思わされる場所、世界。
………白南とか言うヤのつきそうな男が言った『ワールドスワップ』とか、『侵略』とか、『アンジニティ』とか…
信じる気は無かった、信じたくなかったと言っても良いかもしれない。
俺はただ日常に浸りたかった。
ただの平和を愛していた…気がする。
だけど、この、『どうしようもなく終わっている』世界に懐かしさも感じるのは何故なんだろうな。
…きっと俺が何をしてもしなくても、そう変わることって無いんだと思う。
団体戦だか総力戦だか忘れたが…沢山のヒト達が戦うのなら、それはそれで勝手にやってくれとも思う。
ただ…ただ、もしも。
もしそれで
イバラシティ《俺の愛す平穏》が消え去ってしまうなら話は違う。
考え方は曖昧だし適当だしそんでもって自分勝手だとは分かっている。
でも、それだけお前らアンジニティが邪魔なんだよ。
…ここに来てから、ある感情が止まらない。
︙
『憎め』
『憎め』
『何処までも、そして何時までも』
『身を焦がし、心が死体のように冷めきるまで。』
『これ以上お前《俺》を邪魔する者は』
『俺《お前》を滅茶苦茶にしようとするモノは』
『全部全部跡形もなく消し去ってしまえ』
『燃やしてしまえ!!!』
︙
そう、耐えず声が聞こえるんだ。
………だが、お陰でハッキリとした事がある。
俺が持つ異能、熱、そして炎は憎悪で出来ていた。
この炎は絶える事も燻ることもしない、寧ろ猛りながら憎悪の向ける先を探している。
それなら、その矛先を定めてやろう。
こんなにも都合のいい大義名分と的がいるんだ。俺達は正義であり、正当であり、正善だ。
俺の平穏を脅かす裏切り者を、異端者達を、
徹底的に火炙りにしてやれ。
何故なら俺は正しいんだ、何も間違うことは無い。
この憎悪を、晴らさずにはいられないのだから。
………でも、まぁ。
遺言ぐらいは聞いてやるよ。
だって『彼岸送りの遺言執行 』«エクセキューター»なんだから、それぐらいのことはしておいてやる。