the world ender ... ... ... ...
頭が痛い。視界を歪めながら、歩いていた。
歩いていた筈。──筈だった。けれど。
ここはどこだろう。
気付けば、見知らぬ場所にいた。
「……つららちゃん?こーちゃん?」
共に歩いていた二人の姿も無い。
──声をかけども返事は無い。
視界は──どこともわからない。霧のかかった廃墟。
「……なにか、敵の攻撃…?異空間系の異能、とか」
周囲に意識を張り、警戒する。急な違和感、これは、そうとしか思えない。
アンジニティとのデュエル。その中で異能攻撃を受ける事はこれまでの数時間でも何度かあった。
しかし、それは主に直接的な攻撃用のものだった。こういった回りくどさを感じる能力は初めてだ。
体調が悪いのは、あるいはこの影響によるもの──?
『違うよ月。これは異能じゃない』
突然、声がした。名を呼ばれで僅かに動揺してしまう。
霧の向こう。靄がかかった向こう側から声がする。
人影のようなものも、見える──だとすれば、この現象に何らかの関わりがある事は明白だ。
一体何者が?
「なんで、クーの名前を知ってるの?あなた、誰」
霧向こうへと歩み寄りながら、警戒は怠らない。
かつかつと踵を鳴らしながら。いつでも炎を打ち出せるようにと。
しかし。
「……あれ、かみさま……?」
反応がない。──いない。両足に宿る、火兎のかみさま。
わたしの異能、その源泉。力の源が感じられない。
『いないよ、ここには。そういう場所だもの』
声が、近づいてくる。
知っているような気がする。この声、いったいどこで聞いた声だったか。
何だか、随分昔に。──わたしは、これを知っている、ような。
「そういう場所──?」
『そう。いまここにいるのは、わたしと、あなただけ』
『観測が終わる。世界が閉じる。ここは、"狭間"。閉じる世界の一瞬の残滓。確かにあり、そして無かったもの。ほんの一瞬だけ、"整えるためのもの"』
「……いったい、何を、言って──」
『わからないよね。月は、今回選ばれた方だもの』
霧が。
晴れる。
──朧げな形の、周囲を象る廃墟のシルエット。まずはそれが顕わになる。
砕けた瓦。燃え落ちた木、焦げた土。
灰色の世界。終わってしまった世界。
──これは。この場所は。
『そう、ここは終わった世界。わたしたちの故郷』
「……わたしの故郷。魂乃音街のお屋敷。わたしの神殿……」
『そう。灰に堕ちた故郷。わたしたちのルーツ。還るべきイメージ』
「……あなたは」
わたしたちと、声は言う。
わたしではなく。あなたでもなく。
霧が
晴れる。
懐かしい声。そのシルエットにかかる霧が晴れていく。
そこに、居たのは。
「あなたは…わたし……!?」
『いいえ、私は、わたし』
幼い頃の私の姿。──8歳よりもう少し前。
そう、まだ、「祈月」と呼ばれていたころの。
『違うよ。わたしは祈月じゃない』
「……え……?」
『わたしは、"祈"』
『そしてあなたが、"月"』
「……"祈月"の、お祈り……?」
『そう、わたしは、あなたが打ち捨てた残り半分』
『あなたの……アンジニティだよ』
幼い自らは、そう語る。
打ち捨てられたもの。
アンジニティ。侵略者達だと。
『侵略者。そうだね、"わたしたち"は形や理由はどうあれ、皆が皆、否定されて追放された廃棄物だもの』
「……」
『奪って、侵して、成り代わる。そうなる為の可能性。あり得た筈の可能性」
「……私となり代わろうっていうの?」
『そうだね。だけどね、月。残念だけど、今回はこれでおしまい』
「……おし、まい……?」
『そう、おしまい』
幼い自分、祈が語る。
終わりの宣言。それが、意味する事とは。
『さっきも言ったでしょう。今回の観測は終わり。"この"狭間は、もう閉じる。わたしたちのワールドスワップは中途半端なまま、これは無かったことになる』
「全て、無かった事に……?」
『そう。確かに観測された結果は、けれどこの世界線の確定を待てなかった。だから、何もかも、無かった事になる』
何もかも。
それは、このハザマの数時間の事なのか。
──いや、何となく違うという事が、わかる。
それは、それはつまり。
『この観測はおしまい。でもじきに、次の観測がはじまる』
『きっと次は、最後の結果に至るまで止まらない。そうして、ひとつの結果を確定させてくれる』
「……次、でもクーは、それじゃ」
次があったとしても、これまでの全てが。
イバラシティで過ごした1年間の全てが、無かったことになるのなら。
例え再びやり直せるとしても、それでは、それはあまりにも。
わたしには。
救ってくれた恩人がいて。
守りたい人達がいて。
大好きな友人がいて。
何よりも、誰よりも愛した人がいて。
色々な出会いがあった。色々な出来事があった。
それが、その全てが、また一からのやり直しになるなんて。
『心配しないで、"月"。そもそも、次もあなたかどうかだって、それは誰にもわからないよ』
「……え?」
理解が出来ない。至れない。
私は、私。私は月。私はクーだ。
『違うよ、月。観測される世界線に次があれば、それは今回のとは全く別のものだから』
『多くの人々、多くの要素、主たるそれらは、きっと殆どの分岐した世界線で、同じものなのだけれど。それでも細かいところは、少しずつズレていく。あるいは、大きくズレていく。それは、すべてにおいて。過去から続き、これまでのすべてにおいて』
『あの人が居ない。あの場所が無い。代わりに、違う人がいる。あるいは、違う場所がある。それとも、ただ何も無くなっているだけ?』
『観測される世界は無限の個性と、無限の分岐の中にある、数多の可能性の中のひとつ』
『そこに居るのは、月、あなたかな?』
『それとも、祈、わたしかな?』
『あるいは、祈月、わたしたちかな?』
『ううん、そこにわたしたちはいなくて、別の誰か場所になっているかもね?』
『──ね?わからないよ、今はまだ。誰にも』
「そん、な」
ぞぶり、と。
足元が
沈み込む。
水面のように、沼のように。
何となくわかる。これで終わりだと。
水底に吸い込まれるように。
瞼が思い。意識が消える。
眠るように、沈んでいく。
『おやすみ、"わたし"。次も、"あなた"であるといいね。ほんとうに。……それだけはね、ほんとうに』
沈んでいく。
沈んでいく。
沈んでいく。
…………
……
…センセ……