ハザマでの四時間目。
気は張っていたつもりだったが、存外と緩んでいたようだ。
イバラシティでの人格に毒されて、随分と、牙を抜かれてしまったか。
時間も分からぬこの地でも、よからぬものが蠢くのは、ブルーアワー。
お互いが招かれざる客。利害の合わないアンジニティの囚人ばかりが集まって、始まることは、ただ一つ。
(火の粉は払わせてもらうが、イバラシティの連中への助力のような形になるのが、気に食わんな)
この日ヘイゼルは、初めて”同郷”の連中と刃を交えた。
力量は互角。ニアクが落とされたが、こちらもほぼ同等の傷を相手には与えている。
元より、戦いを目的にこの地に訪れているわけではない。戦いを長引かせるメリットは存在しない。
全く華々しさとは無縁の、泥臭い決闘騒ぎは、お互いの牽制程度から発展することはなく収束していった。
とはいえ、妙な連れを得てのほほんと過ごし始めてから、ほんの二時間でこれだ。
残り時間は、丸一日以上ある。
一時間に一度のペースで自衛的な戦闘も行っているし、これがあと三十時間以上あるというのは、やはり頭が痛い。
イバラシティには、それなりの人口の人々が暮らしていたはずだ。
アンジニティの人口を正確に把握したことも、意識したことも無いが、おそらくイバラシティ人の方が、人数では勝っている。
だからこそ、イバラシティ側に所属した方が、無駄なマッチングも避けられるだろうと予測していた。
何より、自分には一目で目立つ獣の耳がある。
目立つことは好きじゃ無い。不本意なことだが、それでもアンジニティ出身の身分であることは、一目で分かる。
アンジニティ所属のブラフを張れる点については、非常に有利だとも思っていたのだが、ここまで見事に外すとなれば、どうも、自分は賭博師には向いていないと見える。
(好戦的すぎる。勢力の見境も無しか)
吐き出しそうになるため息を、その手前で飲み込んだ。
癖のようなものだ。気を抜いて、弱みをさらけ出しているようで安心できないから、飲み込む。そこに他人がいるから、余計に。
もしもこの弱みを、他人に反射的に晒せるようになってしまったならば。
ヘイゼルは、随分と久しぶりに怯えていた。
自分の生き方を貫こうとして、それでも貫ききれず、この監獄世界に堕とされてから、生死すらどうでも良くなっていたはずなのに。
イバラシティの自分と、今の自分の境目が無くなって、どちらの思考か、思想か分からなくなってしまったとき、果たして自分は保たれているのだろうか。
あんなのんきな生き方をしている女に自身の思考が飲み込まれることこそ、むしろ侵略行為なのではないか。
そして、何事にも絶望していた自分の人生が否定されることに拒絶反応が出る身を俯瞰して、滑稽にも思っていた。