第2回 勝利の条件
――神聖ブランディッシュ帝国 トアハヌァーダ大聖堂
険しい山岳の頂にある大聖堂では、『聖餐』の儀式が行われていた。
『聖餐』とは神明検邪聖会の大司教が年1回、不具の王の声を聞く儀式。
聖教会の中でも位の高い僧侶達が、ただひたすらに祈りを捧げた。
ラインヴァイスリッターとして召集されていたアズライトは、
小隊を連れて地下道を警備していた。
一般に存在の知られていない通路が配置場所であるため、警備も最小限の人数だった。
『――……より異邦人……を淘汰し……では国……蝕――』
アズライトの耳が、かすかな男の声を捉えた。
自分達以外の気配がしないはずだと不思議に思った彼は、
部下達に断りを入れ、声の主を追って大聖堂へ向かった。
声に導かれた先は、不具の王が眠る『氷の棺』。
漆黒の大槍にその身を貫かれた建国王が安置されている、大聖堂の最深部だった。
『――この世界を飲み込むつもりか、救世主よ――』
はっきりとした言葉を受けとり、アズライトは身の丈の数倍ほどある氷の棺を見上げた。
「すいません、『救世主』とは誰のことでしょうか?」
先ほど聞いた言葉に対して、思ったことをそのまま口にした。
それは独り言のようなものであったが、反応はあっさりと返ってきた。
『――救世主ではない? 我の声は聞こえるようだが――』
「ええ、不思議なことに」
少し間が空いて、棺を見上げたままアズライトは息を飲んだ。
『――そうか、お前は父の子……異邦の……。
我は母屋の主、『不具の王』と呼ばれし者。
我の声が聞こえるならば、答えよ――』
帝国が建国王と祀る神の御名を聞いて心臓が潰れるかと思ったが、
意を決してアズライトは答えた。
「僕は帝国の選帝侯より命を救って頂いた、異世界からの来訪者です。
『父の子』という言葉は恐らく神の御使い、聖人などを指すものかもしれませんが、
より正確に表すならば『忌み子』と申し上げた方がいいでしょう。
なぜ『父の子』と仰るのかは、分かりかねますが……」
アズライトは眼帯越しに右眼を押さえた。
父の子などと呼ばれる理由は、右眼の傷以外にありえないと察したからだ。
『――忌み子、それが故郷を追われた理由……。
ならば我は、お前に安住の地を与えよう。
我と契約する限りにおいて――』
アズライトは喜びを感じる前に、疑念が引っかかった。
神から追われる忌み子を表だって引き取る理由は何なのだろう。
「……契約内容を提示してください。契約とは、双方の合意で成立するものですから」
強張った声が、無機質な部屋中に響いた。
『――ならば示そう。我が望むもの、それは世界の淘汰から逃れることだ――』
巨大な氷の棺で眠る建国王は、静かにそう答えた。
アズライトは『世界の淘汰』という言葉の意味を図りかねていた。
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黄金の時計が時を刻む。
仲間に声をかけられて、アズライトはしばしの間微睡んでいたことに気が付いた。
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アズライト 「与えられた時間は僅かしかないというのに、 居眠りとかあり得るかなぁ……?」 |
気持ちが弛んでいるのではないかと自問しつつ、
しばしの夢の内容を反芻する。
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アズライト 「世界の淘汰、これはやはりワールドスワップの事なんだろうか? 『彼女』との通信には何も残されていなかったけれど」 |
アズライトの手には、この戦いより以前にアンジニティを探索していた
先人との通信記録が残っている。
仮に先人と全く同じ場所を訪れているのなら、
その記録は大きな助けとなるだろう。
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アズライト 「アンジニティを探索していたのだから当たり前だけど、 ハザマについても全くの未知数なんだよね。 やはり、世界影響度を稼ぐしかないのか」 |
アズライトは天を仰ぐ。
勝負に勝つと敵の強さなどに応じて世界影響度が上がっていくのだが、
闘いは基本的に手段と捉えている彼にとって
名誉を追うこと自体はあまり意義を見出せなかった。
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アズライト 「世界影響度が高まれば、 『コミュニオン』で干渉しやすくなるだろうか。 どうせ決闘をするのなら、 勝者には明確な便宜を計ってくれたらいいのに」 |
ここまで言って、帝国での決闘を思い出す。
敗者に与えられるのは、何なのかも。
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アズライト 「……山に登るのはきっと、酔狂で強い奴だよね。 始まったばかりなのに黒星がつくのは嫌だなぁ……」 |
アズライトは渋い顔をしながら大きく身を震わせた。
我ながら騎士に向いていない性格だと思いつつ、愚痴をつぶやく。
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アズライト 「でも結果は残さないとね、僕は忌み子なんだから」 |
黄金の時計が時を刻む。
再び仲間から名前を呼ばれ、アズライトは彼らの元へ急いで行った。
To be continued......