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ゆい 「しっかし、……景色も変わり映えしないな。」 |
仲間と共に道路を歩きながら周りを見回す、特に面白いものもないが
劣悪な環境、アンジニティに居た期間もそんなに長くない
塞ぎこんでいたばかりだったか、そんな外を見る余裕もなかったなと
それを思えば今のあたしは落ち着いている、落ち着いている、落ち着いている
***
イバラシティでの生活は、例え植え付けられたものだとしても、
人としての憧れたそれだった
お父さん、お母さん、妹の顔
浮かんでは、消えてゆく
泡のようなその記憶に
手を伸ばそうとして、やめた。
***
あたしの、本当の生まれは何処だったろう
とある集落からそう離れていない、盛だったか、草原だった気もする
記憶は曖昧だ
■ある晴れた日
父狐と母狐の下、6人の兄弟姉妹といっしょに生を受けた
名前はない、あたしは真ん中、身体は小さい方だった
■ある晴れた日
兄弟とお母さんの乳を取り合った
あたしより身体の大きかった兄と姉が強かった
■ある晴れた日
初めて巣穴の外へ出た
強い太陽ば眩しくて、キラキラしていた
もっと外へ出ていたかったけど、すぐ父と母に咥えられて巣穴に戻された
■ある晴れた日
お母さんが狩りを教えてくれた
走るのは早くなくて上手く獲物に追いつけなかった
けれども獲物を追い詰める感覚はすごく、楽しかった
■ある晴れた日
近くを流れる川辺でみんなで水遊びした
滑って川の中に落ちてしまった、冷たくてびっくりした
川の向こうには何があるんだろう?
■ある晴れた日
川を渡っていった一番身体の大きな兄が朝になっても帰ってこなかった
ニンゲンの集落があるのだと知ったのはもっと後になってからだった
その夜、あたしは寂しくって鳴いた
■ある晴れた日
太陽がいちばんきらきらしてた、いつもみたいに川遊びをした
お家へ帰ると母に威嚇された、噛み付かれた、痛かった
あたしたちは訳も分からず追い出された
■ある晴れた日
兄弟たちは殆どバラバラの方向へ散っていった
泣き虫なあたしは一番身体が近かった妹について行った
二人で協力して狩りをした、なんとか、生きていく
泣かずに生きていく
■ある晴れた日
獲物がめっきり減ってきてお腹を空かせたころ
二本足で立つ大きな生き物と出会った
何やらよくしゃべるし、身体に触ろうとしてくるし鬱陶しい
でも、乾いた美味しいお肉と白く甘い飲みものをくれた
また会いたいな
■ある晴れた日
かさかさ、枯草を踏む音
遠くにあの二本足で立つ大きな生き物がいた
お腹を空かしたあたしたちは近寄ってゆく
けど、"大きな音"がしたと思ったら妹が地面に倒れていた
綺麗な毛並みが赤色に染まっていた
痛そうだ、舐めようとする
妹に噛み付かれた、痛かった
くるな、と言われた気がした
母を思い出して、悲しくなって逃げた
あたしは、泣かない。
■ある晴れた日
食べるものはもうない
一人で狩りもできない
狩りをする対象すらいない
冷たい風が毛並みを撫でる
宛もなく、生まれた巣穴に帰ってきてしまった
中には狐だったものがあった
お腹がすいていたのでたべたけど、瘦せこけていて食べる部分は少なかった
喉がかわいたから外に出たけど、川は干上がっていてもうなかった
あたしは、泣いた。
乾ききった鼻の先に、天[そら]から冷たいものが降ってきた
――それが初めてみた、雨。