「……はー」
家のベッドにごろりと転がって、ぽつぽつと染みの浮かぶ天井を眺める。
日々援交だとかパパ活だとかに励むエリカも別に毎日定番の路地裏に立っている訳ではない。そもそも本分は学業、目標は大学入学、そのための金稼ぎに過ぎないわけで、金を稼ぐことそのものが目的なわけではないのだし。
魔法少女に変身できるからと言って働くのは結局エリカで、新しい身体が増えるわけではない。精神は同一、身体は単一、時間は有限。
時折立って、たまにはこちらから連絡して引っ掛けて、ほどほどに金を――高校生が扱うには過ぎた金額ではあるが、エリカは家族のいない身の上であるので――貰って、それでオッケー。浮いた時間を学校勉強その他諸々余暇に充てる。
そういう生活なので、こういう余暇の休息だって大事なのだ。
「なーお」
「んー。おー。よしよし。重いぞー」
のしのしと無遠慮に腹に上がってきたクロを投げやりに撫でてやる。
拾った時はふにゃふにゃの子猫だったのに、今では腹にずしりと来る重さの黒い塊にまで成長してしまった。
健やかであるに越したことはないので喜ばしいがノリが子猫時代のままなのは割と困る。幸い運動神経には優れているので重さに見合わず動きは軽やかだが。
上体を起こしてクロを抱えながら、ねえ、とエリカは緩く首を傾けて、
「着ぐるみのお客さんて、どう思うー?」
「んみゃあ?」
何をいきなり。みたいな声を出すクロにいやそれが、とわしゃわしゃと毛並みを撫で回しつつ。
「変な人はいっぱい見かけるけど、割と全体的にはそれなりに生物っぽい質感じゃん? でもすごい着ぐるみだったんだよ」
「なー……」
「んでもって割となんか腕力に訴えかけてくるの。すごい買い叩かれたし」
知ったことか、という風に尻尾をてしてしとされるがお構いなく話し続ける。
エリカの仕事、というか援交、もしくはパパ活、なんて誰にも話せることではないので。友達もいないし、いても話せないし、一応犯罪だからやっぱり誰にも話せることではないし。なのでまあこういう話をする相手となるとクロくらいになる。
インターネット? SNS? もまああるけど。ああいうの炎上とか身バレとか怖いしわざわざやる必要もないし、ていうかあんまりハマっても通信料金がな。格安プランで生きてるのでわりとアレ。
「なんか……まあ……すごい買い叩かれたけど……一応本番までではあったんだけど」
「ぎゃお」
「…………本番だったのかなあ? あれ? あれ……あれはなんだったんだろうね……」
「ふにゃ……」
知るか。みたいな欠伸。つれない反応にぐるぐると顎を撫で回しながら。
「もう二度と来ないといいよねぇー」
などと金を貰っておいて悪びれなく言い放つあたり、まあそれなりにエリカはエリカで擦れた援交女子高生なのだった。
■
「もっと疑問を持てよ!?!?」
「すごいですね。順応性」
フレッドとは大違いです、などとは完全に余計な一言を付け加えるテルプシコラである。
「いや俺もそれなりに順応性はある方で……あるだろ? お前みたいなのと組まされてんだし」
「しかし彼女には劣ります。いいえ、私はその着ぐるみとやらの実物を見ていないのでなんとも申し上げがたいのですが」
テルプシコラの仕草は猫のそれよりも無機質だ。首を傾げもしない、瞬きも思い出したように稀で。
「本番というのは、性行為そのものを示すという解釈でよろしいのですよね?」
「わざわざそれ訊くか!?」
「理解しました。ではその着ぐるみとやらはやはりイバラシティに存在する異能を持った人間という結論になりますが」
が。
「どうして本番をしたのに疑問を持つんですか? 彼女は。何をしたんですか?」
「俺の口から言わすなや……」
思い出したくもないことなので。
もう百歩譲って売春行為は仕方ないとしてせめて客を選んでほしい、みたいな思考になりかけるがそもそもその百歩譲るのもかなりデカくて厳しいのでやっぱり売春行為自体やめてほしい。などと願ったところでエリカ本人にはどうしても伝わらないのでどうしようもないのだが。
でもやっぱりどう考えてもおかしいだろ、と思いつつ、そもそも本人も着ぐるみが相手は嫌がっていたんだよな、本人ていうか俺だけど、それをあっけらかんとは語るが暴力で従わされた形だったわけで、それは恐ろしかったということなのだろうし。
なのだろうし、と他人事で語るが。
そもその体験と記憶が、フレッドの中には眠っている。
だから、彼女は――。
「……やっぱり止めたほうがいいと思うんだよなぁ……」
などとは申し上げたところで、それを伝える術はなく。
自らの中に澱のように蓄積していく他人の人生が、フレッドにとってはどうにも重かった。