異能を発動する、使いきりの石。其に翻弄されつつも、今日も無事に…いや、無事ではなかった。大事になったんだ。主に腹が。
「腹の具合は如何ですか」
タブレットから聞こえてきたのは、お堅い口調の馴染みの低い声。
「おなかすいた」
「いや、そうでなく…」
「判ってるよ」
途端に、幼さと笑みが戻るのが自分でも判った。気が緩んでついからかいたくなってしまう、そんなヒトが今はもう正式に僕の部下になったそうな。他人事のような表現であるがこればかりは仕方無い、イバラシティから遠い向こう側で起きた事に実感が沸きにくいからだ。
「痛いことは痛いけど、『出る』感じはしないし…もう縫い合わせて良いんじゃないかな?」
腹部に撒かれた包帯は赤く、しかし部分的に乾いた色も見えた。横一文字に裂けた腹も、そこそこ形を取り戻してきている。
「貴方が其で良いのなら構いませんが…」
「動かないさ、勿論休む。やりたいことはあるけどね」
「俺が言いたいことが判っているなら十分です」
「だって怪我したまま仕事してた時の君、効率悪そうだったもん」
咳払いをする反面教師。
「其にしても…」
「害悪その物だね。奴は。一般人にまで狂気を見せてしまった」
腹部の傷がその狂気、凶行の痕。多種多様の異能を使う『敵』だが、自身と相手と同じ動作で自殺行為を促す異能など…異能であって異能でないような狂った技を仕掛けてきたのだ。何度か交戦してきたが、前回の『脆い宝石化させる異能』辺りから殺意が増してきたのが判る。
「信頼における者が負傷する場面は尚更精神に支障を来すものです。何が脅威になるか、よく心得ておられる…」
「あいつに敬語使わなくていいのに…」
「そういうわけにもいかんのです…」
「ハクはボロくそ言ってくれてるよ」
「あいつは一応人間ですから…『こちら』はこちらの上下関係というものがあるのです…」
「本当、固いなあ。君は」
だから好きで、この理解者から良識を学んだ。
「…そういえばさ」
「はい」
「色々思い出せてきてるんだ」
「其は良かった…真の目的ですしね」
「うん。それで…思い出せたのは幼少期の僕の姿。ごく一部だけど…こういう、時代で言えば今より僅か以前程度の光景が見えた。其処にいた子供が面白がって鉄屑を僕の前に出すんだ」
「…なるほど」
「あともう一つ…これはね、あの『宝石化させる異能』を見た時思い出せたんだけど…」
此方の話題は、言葉に詰まった。何故か判らないけど躊躇ってしまう…
「どうなさいました?」
「うぅん……」
「…フジウル氏、いや、館長。御気を確かに」
「…うん」
「受け止めるんです、過去も現実も」
「うん」
そうだ、その為に此処まで来て、『敵』を生かさず殺さず互いに刺激しあったんだ。
「……あの光、僕は見覚えがあるんだ」
「…覚えが?過去に同様の襲撃でも?」
「それは…判らない。光といってもあんな下品にぎらついた色でなかったし…でも同様の現象が起こることを僕は知っていたんだ」
「…異能を受けたハクカクは、宝石化の最中は記憶と意識が一切なかったそうですね。貴方の記憶が断片的というのなら、辻褄が合いそうだ」
「そうか…なるほど…」
「此方でも調べてみましょう」
「お願い…」