■月■日
何か、良くない事が起こっている。
私がそう感じ始めたのは、総務課から『該当コードなし』として、送付したはずのクリスマスカードが戻って来たのがきっかけだった。
不思議なことに、そのクリスマスカードの宛名は酷くかすれていて、誰宛だったのか判然としなかったが、送付コードは日本支部の物だった。
日本支部に知り合いはあまり多くないので、総務課に頼んで、無事送付されたもののリストを出してもらうと、受け取るはずだった主の名はすぐに知れた。
彼は、(かすれていて判読不能)と名乗る男で、金錆ほまれが『錆』の完全な制御を獲得して、調査対象から協会員に格上げされた時、ひっそり開いた祝賀会で知り合った人物だ。
調査課ということで、仕事での付き合いもあるかも知れないと思ったこともそうだが、何やら彼は彼女に大恩があるとかで、自分のことのように泣いて喜んでいたので記憶としては忘れ難い。
私はとりあえず、正しい送付コードを知るために、総務課に問い合わせた。
返ってきた答えは、『該当職員なし』。
もしか、記憶違いだったろうか。
そう思って、私は携帯端末を確認した。
そこには、交換したはずの名義――即ち、その男の名を示すものは、何一つとして見つからなかった。
…痕跡が、意図的を以って、消されている?
任務の都合、そういう事も、もしかしたら有るかも知れない。
ただ、私が知る限り、そういう処置がなされる危機管理規程は存在しない。
日本支部で、想定し得ない何かが起こっているのだろうか。
そう思って、私は、不通を承知で金錆ほまれに連絡を試みた。
意外にも、連絡はすぐについた。
いつもと変わらない様子に安堵しつつ、事のあらましを説明すると、彼女は、心底不思議そうにこう言った。
『えぇと…、それって、誰のことですか?』
電話を切ってしばらく過ぎてから、ふと思い立って、再び携帯端末を取った。
そこには、祝賀会で撮影した記念写真を送ってもらっていたからだ。
確か、彼の姿もあったはずだ。
件の写真はすぐに見つけることが出来た。
その写真の面々は、肩を寄せ合うようにカメラへと視線を投げかけている。
その間に一つ、妙に空いた空間を残して。
彼の姿は、どの写真からも消え失せていた。
まるで、最初から、そのような人物は存在しなかったかのように。
この記録は、いくつかに分け、機械的もしくは魔術的な封印を施してみるつもりだ。
ただ、(行の大部分がかすれていて判読不能)に対して、どれほどの効果を持つだろうか。
とにかく出来ることをしなければ。
『スピネラ・フェーデ報道官の手記』