――この感覚には、覚えがある。
触れた相手の記憶を“奪い”、数多の情報量が決壊した川の様に脳に流れ込む際の感覚だ。
俺はその感覚を知っている。
何度も何度も何度も繰り返してきた、自分が異能を行使した瞬間と似ているから。
俺はその経緯を知っている。
監獄に生き、数多の間違いを犯し、それでも起死回生を見出そうと足掻いた末だ。
堕ちた先が例えどれだけ荒れ果てた不毛の地だろうが、自分の足で歩き、景色が見れた。
俺はその理由も知っている。
堕ちた先の“ここ”は、景色があろうとも、やはりまた監獄だった。
けれど元の世界と違って、薄暗い空は裂けた。
無数に立ちはだかる壁を越える術が、目の前に差し出された。
俺は、その決意も知っている。
「迷いは無かったか」そう問われると、答えは否だ。
「ならば諦めず時の底を這うのか」 結局そこに答えは収束する。答えは、それも否。
誤魔化してきた己の想いを、感情を。
例え時が戻せなくても、過去の咎を拭う事が出来なくても――いいや出来ないからこそ、
裏切ってしまった彼らに贈れる物は、俺にはこれしか思いつかないのだから。
彼らの為に理想を実現し、
「楽土」を築く。そうして再びやり直そう。
そうすれば、
“今度こそ言葉を交わせる”“寄り添う事が出来る”。
だから迷う必要などない。何故なら皆、今際の際に言い残していたじゃないか。俺と彼らの望みも同じだ。
さあ、足を踏み出そう。この世界は“歩くこと”ができる。
今度こそ一歩を踏み出せる。それに皆がついて――ついて?
違う。居ない。死んだ。そうだ皆死んでいる。
幾ら俺が救おうと延命させようと嘆きを奪おうと祈ろうと結局同じだった無意味だった間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた!
俺がすべき事は目を逸らして耐える事でも祈る事でも束の間の安寧を与える事でもなかった!!わかってる!ああ煩いわかってる!理解しているからこそ取り戻せないものの大切さにも気づいたし、思いつかないと言った。“贈れる物がない”と言う事は皆は既に居ない何を言ってるんだだからこれは俺の意志だそうだ俺は理想を実現したい夢を叶えたいあの日交わした言葉を変わらぬ憧れを実現したいだけで、――――、――――
「俺は、俺の夢の為に、――――」
俺は為すべき事と、それがどう言う意味を持つかも知っている。
今度こそ、躊躇わずに刃を向けねばならない。本来得られない筈の贖罪の機会を得たのだから。
俺は、俺の中の彼らの――■■の心を裏切らない為に、誰に憎まれようと罪悪が心を蝕もうとも、誓う。
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力なく空を仰ぐ己に、雨が降り注ぐ。
落ちる雫と共に視線を向けると、見えるのは歪んだ地形。建物。異形の空。
積み上げてきた愛しい日々の一つ一つまでが、一瞬で雨に流されて行く様な気がしていく。
夢なら冷めないでほしかった。等と、思い出した今は口が裂けても言えないが、
殆どがハザマの一瞬で構成された泡沫の記憶だとしても、“先生”と呼んでくれたあの日々は愛おしく無い訳など無く。
彼らの想いを踏み躙るのを理解した上で、せめて愛しい日々の記憶までも流されないよう、頬の雫を強引に拭い去った。
嗚呼、本当に――
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「――楽しかったな」 |