あぁ……
──ついにこの日が来た。
これは
何もないオレは、何かを手にすることも諦めていて
何もないオレが、何かを手に入れようと踠いた日々の最初の記録。
オレは何もかも飲み込み、消滅させ、内包する殺人鬼。
内包したモノの質量・記憶が膨れ上がるにつれ自身を保つことが難しくなった。
いつしか人の身体から離れ、空間、物質、全ての事象を消し去る孤独な異物になってしまった。
どれくらいの時をその状態で過ごしたのかもわからない。
自分以外の存在や時間の感覚さえ知る事もなく、ただただ周囲のモノを喰い殺していた。
そんな時偶然、"ワールドスワップ" の事を知る。喰い殺した何者かの記憶なのだろう。
そうでなければ自身が内包する記憶に、ついにバグのようなものが発生したとしか考えられなかった。
喰い殺した誰かの記憶か、バグのおかげで"オレ"という存在は暫しの夢が見られるのだ。
どうせ永遠にも近い自分が、孤独しか感じる事が出来ないのなら1度くらい遊んでみてもいいだろう。
その遊びは、存外簡単にオレに
『ごく普通の日常』を与えた。
ご丁寧にその夢の発生点より前の、ご都合主義な記憶まで用意されていた。
しかしオレという存在は夢だけを見せる事は許さなかったようだ。
チカラは分断され中途半端になった上に、こちらとあちらの記憶を持った状態で
2018/12/20にイバラシティにオレという存在が誕生した。
用意された記憶は、案外現実と変わりがなく
やっぱりオレは何かを消してしまうようで、幼い頃から独りだった。
夢というものは、そう簡単に見れるものではないらしい。
この手は元のオレと大差のないものだった。触れれば消す。
これだけはどうやら夢でも叶わないようで、やはり諦めて自然と孤独を選んでいた。
それでも、なんとか人生とやらを送っていたが高校2年の時、とある事件を起こして退学したらしい。
この手で人間に触れてしまったのだ。
新人の教師で、孤独なオレを憐れに思い庇おうとしたのだろう。
幸い、その人物を消す事には至らなかったが、これが予想外の出来事に繋がった。
──視てしまったのだ。1人の男の孤独な人生を。
オレはこいつの夢を叶える事で殴った事も、気持ちを踏みにじった事もチャラにしようと考えた。
オレの行動原理はそこにあり、これが用意された記憶である事も理解していたが
どうせ夢ならば。
元のオレは自分の生き様を諦観していた。
どうせ夢ならば。
この行動原理に従って生きてみる──
そんな身勝手な、人任せな人生もいいだろう。
そう思ったところから雨宮という"オレ"は始まった。
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──この世界は残酷なほど心地が良くて。
世話焼きなバカは、オレに物を買い与えた。
中でも人をゴミにするクッションはオレのお気に入りだ。
これに身体を預けると、全てがどうでもよくなるような気持ちになる。
オレ自身も、異能も、2つの記憶さえも……
──この世界は凄惨なほど優しくて。
物好きなバカは、リスクがあるとわかった上でオレのこの手に触れた。
そしてオレに暖かい居場所と似つかわしくない名前を与えてくれた。
その日からオレは "雨宮 寧" になった。
初めて泣いた。
──この世界は異様なほど愚かで。
何も考えていないように見えるバカは、オレの話を信じ、オレ自身をも信じた。
暖かい手でオレに触れてくれて、暖かい気持ちを与えてくれた。
今でもオレの支えになってくれている。ウルトラバカだ。
──この世界は滑稽なほど脆くて。
オレに沢山の感情を与えたバカは、オレの内側に入り、初めて外に出た。
オレは初めて人に自分の気持ちを吐露した。
しかし、呆れたのだろう。コイツはオレから去っていった。もう会う事もない。
初めての「さようなら」
──この世界は暗鬱なほど面白くて。
お節介なバカは、駄目な自分を隠そうと必死に良い自分を演じていた。
そんなことをして何になるのだと、オレには理解出来なかった。
それは演じる相手がオレには居ないからだ。
オレには何かを演じてまで繫ぎ止める相手が居ないのだと改めて認識させられる。
しかし、オレには自由な方が魅力的に見える。そしてオレに友達になれと煩い。
──この世界は驚嘆するほど懊悩だ。
自分を閉ざしたバカは、憎悪の対象であるオレの腕の中で泣いた。
他人を憎む事を知らなかったオレは、自身の行動でなくても人の感情は凶器になり得る事を知った。
妬み、恨み、憎むのならばオレを殺せばいいとさえ思った。
だがそんな簡単な事ではなくて、ただただ涙を流していた。
制御出来なくなる程に異能を暴走させる様は、オレ自身を見ているようで初めて辛いと思った。
オレは夢の中で、短期間に膨大な量の感情を学んだ。
飛躍的な進歩だった。いつかオレの中にある全てのモノへ、理解を深めようと思えた。
しかしそれはまた別の話で。
今のオレは、用意された行動原理に従って生きている。
この地に降り立った時とは、少し違っているのかもしれない。
助けたい。
少しは他人を思いやる心が生まれたのかもしれない。きっとそうだと思いたいのだ。
自分が夢を見続ける為にも、自分が自分から解放されることも望んでいるのかもしれない。
だって、まだまだ人の心を知りたいから。
それでも行動原理は変わらない。
幸せを望むだけでも愛だと教えられたから。
「さようなら」を言ったヤツ以外は、今はまだ手離したくはない。愛を知りたいから。
好きという気持ちにも、理解を深めて返さなければいけないと思ったから。
自分も好きと言えるように、友達だと言えるようになれるまではまだこの夢を見ていたい。
ここでの戦闘は仕方のない事だと割り切って、また『ごく普通の日常』に戻るのだろう。
後何度で終わるのかは定かではないが、オレはオレの目的と行動原理の為に今は動こう。