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はかいしん 「……空が、青い」 |
地面に仰向けになって倒れたまま、ぽつりと呟く。
白く世界を照らす太陽の輝きに祝福され、空は深い青で塗り潰されていた。
この世界は自分のいるべき場所じゃない。
なぜなら、自分は破壊神だからだ。
そこは、大都市に立ち並ぶ建物と建物の隙間に唐突に生まれたような、小さく場違いな、空き地だった。
剥き出しの地面に、ぼうぼうと丈の高い雑草が生えている。
季節柄、雑草はほとんどが茶色く枯れたような色をしているが、しぶとく生き残った緑もある。
そんなまだらな草の上に、うずもれるように倒れているのは、一人の幼い女の子。
それこそが破壊神だった。
ボロ布のような大きいシャツを雑に羽織ったきり。
白い手足は剥き出しで、靴下どころか靴も履いていない。
真っ黒な髪は伸び放題で、いっそ清々しいほどに四方に激しく跳ねている。
事件性を漂わせる姿であったが、幸い、草むらに隠れて空き地の前を通る人は、誰も彼女の存在に気付かなかった。
もともと、都会の中の空き地なんて、人が注意を払うものでもないのだ。
このまま何時間、何十時間と倒れていても、誰も気付かないまま時間が過ぎたことだろう。
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はかいしん 「飽きた」 |
しかし、ついに、破壊神は空を眺めることをやめた。
手を地面について、上半身を持ち上げる。
そうして、自分の腰から下を見下ろして、憂鬱な面持ちで溜息を吐いた。
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はかいしん 「なんだこれは」 |
ぼそ、と呟く。
右足と、左足。それを交互に、
それをちょっと上げたり、また下ろしたり。
さいごにぐっと膝を曲げてから、ぴーんと爪先まで伸ばしてみる。
そうして急に思い立つと、幼女は手を再び地面について、勢いをつけて立ち上がった。
仁王立ちの姿勢で、破壊神は立つ。
ぐっと強く結んだ唇。足元を慎重に見下ろす瞳には緊張に震えて。額にに汗がにじむ。
そのまま前方に数歩たたらを踏んで、ついにぱたりと倒れた。
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はかいしん 「……なんだこれは、滑るぞ」 |
うつぶせに倒れた破壊神は、視界を無遠慮に覆った地面に向かって抗議した。
雑草に埋もれた地面が返事をすることはなかった。
◆ ◆ ◆
二本の足で、地面を踏みしめて歩く。
慣れてしまえばどうといいうことはない芸当だと、破壊神は鼻息をフンと鳴らす。
この場所、すなわちイバラシティの知識が、ぼんやりと脳裏で明滅している。
自分が人間であり、同時にこの町の住人であるという認識。
破壊神はそれを正しく理解することはできなかったが、知識として利用することはできる。
つまり、二本足で歩いて、なうでヤングな若者言葉を話して、ザギンでシースーすることもできるはずだ。
シースーってなんだ。
破壊神は自分が十全の状態ではないことを認めざるを得なかった。
そもそも二本の足で歩くことが、破壊神にとっては極めて異例なことであり、過大なストレスを感じている。
地面にぺたりと座ると、多少は落ち着く。しかしこのままでは移動することができない。
ぐーっとお腹がなった。
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はかいしん 「空腹を感じる。そうか、青い空の下でも、我の飢えは尽きることはないのか……」 |
飢えを満たすという原始的な欲求が、ぐるぐると体の中心で渦巻いている。
だが、今の自分には口がない。
お腹の下を見ても、そこにあるのは忌々しい二本の足だけ。
いったいどこから食べればいいのだ。
そこまで考えた時、イバラシティを生きるために与えられた人としての知識が、破壊神に天啓を授けた。
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はかいしん 「口は、あった……」 |
今しゃべってるやつが口であることに破壊神は気づいたのはこの時だった。
そして、口さえあればこっちのものである。
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はかいしん 「とりあえず土でも食べてみるか」 |
地面を掘って食べてみた。
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はかいしん 「……うっ」 |
ものすごい違和感とともに、ついに耐えきれず、破壊神はぶーっと地面を吹いた。
これは毒だ。この大地が自分を拒絶していると破壊神は感じた。
青い空の下に広がる大地は、やはり自分がいるべき場所ではないのだろう。
破壊神が本来もつ、巨大なあぎとではない。
ものを食べるのに適しているとも思えぬちいさな口ですら、ものの役に立たないとは。
ぐーっとお腹が鳴る。
飢えに急かされるように、破壊神は忌々しい地面を指で掘り返す。
土が食べられないならば次に思いつくものは、一つだった。
それ、すなわち生命である。
雑草では足りない、より生命のちからに溢れたもの。
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はかいしん 「……んっ、んっ、んっ」 |
ほんのわずかだが、かすかな生命すら存在を許さない破壊神の本能は、それを地面の中に感じていた。
雑草をかき分け、剥き出しになった土に爪を立てて、深く掘り進む。
邪魔をする石をどかし、その下の柔らかい土をかき分け、隠れたものを探り当てる。
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はかいしん 「あった」 |
そして、地面の中からついに破壊神は、自らの望むものを掘り当てたのだ。
指の間に捕らえられたそれは、自らの無力を嘆くかのように、自らの身をくねらせていた。
人としての知識が、そのものの名前を探り当てる。
わずか10センチほどの長さの、細長く柔らかな小さな生命。すなわちミミズ。
小さな口に、それはちょうどよい大きさのように感じられた。
つるんって一口に飲み込めそうな感じ。
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はかいしん 「……あーん」 |
その想像を現実にするために、破壊神は小さな口をいっぱいに開いてミミズを口元に運んでいく。
その寸前に、声がした。
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? 「ちょっ、まちっ、待ちなさいっ!」 |
不機嫌を胸の中で渦巻かせながら、破壊神は声の主を見る。
見知らぬ娘が、息せき切ってこちらを見ていた。
◆ ◆ ◆
結果、見知らぬ娘は、破壊神の飢えを満たすこととなった。
その娘はミミズの代わりになるものを、カバンの中から差し出したのだ。
はじめて食べた、口の中で溶ける茶色い食べ物は、破壊神の口の中を得もいえぬ快楽で満たした。
人の知識から、その物体がチョコレートという名前であることを、破壊神は知る。
破壊神はこの青い空の世界に、チョコレートひとつぶんの好意を感じた。