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木葉 「べつに、本気だったわけじゃないけどさ」 |
学校の帰り道。
家が近いという理由でなんとなく登下校を一緒にしているクラスメイトと別れて、一人きりになった時。
手にしたカバンの重さを思い出して、ぽつんとそんなことを呟いた。
木葉は、クラスの中でちょっと浮いている。あまり友達と打ち解けないキャラクターだ。
べつに話す相手がいない訳ではないし、嫌われているわけでもない。
そこそこ仲良くしている子は何人かいるし、大勢で遊びに行く時にもたまに呼ばれる。
ただ、なんとなく、特別に親しい人間がいないだけだ。
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木葉 「どうしよっかな、これ」 |
捨てちゃおうかな。
カバンの中に大事にしまっているものが、やけに重く感じる。
作る時は、胸が弾んだ、なんて書くと大袈裟だけど、ちょっとだけ楽しかったのだ。
それだけに今はその重さが煩わしい。
だから捨てちゃおう。家に持って帰るのはなんか腹が立つし。
我ながらちょっとヤケになってると思いながらも、早足になっていく足を止める気になれない。
帰り道から、コンビニの前を通る道へとルートを変更する。
あそこのゴミ箱に捨てちゃおう。
いやでも、ゴミを捨てるだけだと悪いしジュースの一本でも買うべきかも──
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木葉 「……なにあれ?」 |
視界に、へんなものが映った。
それは空き地の片隅に屈み込んでいる子供だった。
今日び空き地と言ったら子供の遊び場ではなく、土地の所有者から放置されて手入れをされていない私有地だ。
子供が遊ぶなら公園がちゃんとある。
だから空き地に居座る子供は奇妙な存在に思えたし、そうして注目したことで、イヤなことに気付いてしまった。
子供は裸足だった。
見れば、髪の長い、まだ幼い女の子だ。
くすんだ色の、伸ばし放題のロングヘアは、地面に触れて毛先が土に汚れている。
たぶん白か薄い色の生地だったであろうワンピースも、ずいぶん薄汚れて黒いシミが斑についている。
木葉の脳裏に、家なし子というワードがぺかぺかと浮かんで光る。
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? 「……んっ、んっ、んっ」 |
幼女は地面を掘っていた。
草むらをかき分けて土を泥だらけの手で掻き出し、その中から何かを探しているようだ。
無表情で、一心に穴を掘る姿は、子供が楽しく遊んでいるようには見えない。
脳裏に浮かんだワードがぺかぺかと自己主張して、見てるといたたまれない気持ちになってくる。
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木葉 「け、警察呼んだほうがいいかな……?」 |
この街にはへんな人間が多い。
特殊な才能の人間、そういうのが生まれるのだ。
だからって、裸足で土を掘る薄汚れた子供がいてもおかしくない、というわけでもない。
もしかしたらとても不憫な境遇にあるのかもしれない子供は、やはりちゃんとしたオトナが保護するべきだ。
携帯を探すために懐を探る。
ちょうどその時、幼女が声を上げた。
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? 「あった」 |
子供のものとは思えない、妙に落ち着いた、よく通る声だ。
土を掘る手を休めていなければ、その子の声だと分からなかったかもしれない。
その声にほんのかすかな喜びの感情がこもっているのを感じて、木葉は携帯電話を探る手を止めた。
安堵に息を吐く。なーんだ、なにか探してただけか。
それならこれで話は解決だろう、ここでクビを突っ込むのはお節介というものだ。
クールに去っていつも通りの生活に戻ろう。
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? 「……あーん」 |
幼女の手の中には、ミミズがあった。
なるほどそうか掘り当てたのはミミズだったのか
でもそのプルプルした薄紫色の泥のついたミミズを口元に運んでいくのはなんのためか。
幼さゆえの小さな口を精一杯ひらいて、幼女がそれを迎えようとしているのは、一体どういうつもりなのか。
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木葉 「ちょっ、まちっ、待ちなさいっ!」 |
とっさに声が出た。
ひゅっと音をたてるような速さで、幼女がこちらを見た。
じぃっと見つめてきた。
ぶらーんとミミズを手にしたまま、大きく見開いた目でじぃぃぃぃぃっと見つめてくる。
野生動物のような反応に若干たじろぎながら、とにかく勢いで押し返そうとミミズをびしっと指差す。
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木葉 「それ、捨てなさい! ポイしなさい!」」 |
幼女はしかし、ポイしない。
代わりに幼女の手の中でぶら下がったミミズが揺れた。お前じゃない。
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? 「なぜだ」 |
こちらをじっと見つめながら問いかけてくる声は、賢者のそれを思わせる静かさだ。
ミミズを手にぶら下げてる幼女の口から飛び出たとは思えなくて、自分が間違っているような気がしてくる。
もしかしたら、ミミズを食べようとしていたのは見間違いだったのではないだろうか?
自分は子供の遊びを邪魔するおかしな登場人物だったのではないだろうか。
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? 「弱肉強食はこの世の理。それを止めようとするのは人間の傲慢だぞ」 |
一瞬、幼女の背後に宇宙が見えた気がした。
なんという説得力。
いや待てお前はなにを言ってるんだ
マジでこの子はミミズを食べようとしているのは間違いないと思い知らされて、木葉は戦慄した。
弱肉強食まで持ち出すとはかなりの本気だ。
しかもこちらに見せつけるように再びミミズを食べようとしている。性格悪いなこの子!
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木葉 「いやそんなの食べたらお腹絶対壊すから!」 |
木葉が必死に紡いだ言葉に、ぴたりと幼女の動きが止まる。
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? 「……毒か」 |
毒じゃねーよ!とか内心で思ったが、木葉はもういちいち突っ込むのはやめた。
幼女が、ポイ、と、力なくミミズを土の上に捨てたので、やるべきことはやったと思う。
もうさっさと帰ろう。
きっとこのクソ生意気な幼女も、そのうちどっかにいるであろう保護者の元に帰るだろう。
これ以上付き合っていたら、自分までへんなやつになってしまう。自分はもっと常識的なキャラクターなのだ。
空き地から逃げようと、後ずさりをする。
その気配を察したかのように、幼女はその視線を木葉に向けて口を開いた。
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? 「この街では、食べられるものが、なかなかみつからない」 |
幼女のお腹がグーッと鳴った。
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? 「お前、食べられるものを、もっていないか?」 |
じっとこちらを見つめながら、幼女が問いかけてくる。
ごくりと木葉の喉が鳴った。
なんだかものすごくイヤな予感がしたからだ。
幼女の視線の圧が強い。まるで、自分を食べようとしているかのような。
テレビで見た野生動物の映像みたいな、飛びかかる距離を測っている肉食獣のような、爛々と輝く瞳。
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木葉 「食べられる、ものなんて、そんな、急に」 |
視線をちらちらと逸して答えを考える。
なにかうまく、逃げる方法を探そうとするけど、上手い言葉が思いつかない。
幼女の視線は、ひたすらにじっとこちらを見ている。圧がすごい。
べつに命の危険に直面しているわけじゃない。
理性では分かっているのだけど、やけに喉が渇くのだ。
焦って、焦って。
それで急に冷静になって、自分がどうして空き地の前を通りがかったのかを思い出した。
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木葉 「……なんでもいいなら、あるけど」 |
口が勝手に動き出したような、へんな感じだった。
木葉はごそごそとカバンの中を探る。
視線をカバンに落としている間も、幼女はじっと待っていた。
取り出したものを幼女に差し出す。
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木葉 「これ」 |
押し付けるように差し出したされた、リボンのついた小さな四角い箱を、幼女はきょとんとした顔で受け取った。
しばしその箱を眺めたあと、すんすんと匂いを嗅ぐ。
目を大きく見開くと、乱暴にリボンも包装も破って箱の中身を取り出した。
腹の立つぐらい可愛らしいハート型をした手作りのチョコレート。
そいつを幼女はガブリと噛んで砕いて飲み込んだ。
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? 「うまい。あまい」 |
満足そうにそう感想を口にする。
それから残りをガブリガブリとあっという間に食べてしまった。
お菓子を食べるような食べ方じゃない。まるで肉でも飲み込むようにガツガツと、乱暴に食い散らかされた。
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木葉 「……あっそ」 |
どうせ捨てるつもりだったのだから、べつにいいのだ。
木葉ちゃん、笑ったときの歯のギザギザが怖い、なんて。小学生の時に言われたことがある。
そういった子は仲良しの親友だと思っていたのでわりとショックだった。
それから、あんまり友達の前では口を開けないようになった。笑ったりすると、どうしてもギザギザの歯が目立つ。
いつの間にか、自分のギザギザの歯はみんなが知ってる共通の話題になっていた。
見せて、見せてと言われて、ちょっとだけ口を開いてみせると、みんなが楽しそうに驚くのだ。
そういうのがイヤで、化粧とか、髪型とか、オシャレを頑張ってみたのだけど。
男子の中でも、やっぱり木葉は『ギザ歯の子』なんて言われていて、それ以上でもそれ以下でもなくて。
幼女が乱暴に破り散らかした包装とリボンだけ拾い上げて、くしゃくしゃに丸めてカバンに入れた。
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? 「ひさしぶりに、満足な食事だった。このことは永劫に我が記憶に刻んでおこう。」 |
仏頂面のまま、幼女はそんな事を言う。
おなかをぽんぽん叩く仕草だけが、満足したことを示していた。
むずかしい言葉を使ってるけど、どうせ子供だから、明日には忘れているだろう。
こっちだって、また会いたいとか思ったりしない。
明らかに厄介な匂いがするし。関わり合いになりたくないし。
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木葉 「あんた、名前はなんていうの?」 |
でも、ちょっと名前を聞くぐらいいいだろうとか思ったのだ。
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はかいしん 「我は破壊神である」 |
とんでもないキラキラネームだった。
攻撃力極振りすぎる。
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木葉 「ふ、ふ~ん……いい名前ね~? えーと、このはもみらいえいごーおぼえておくわ、うん」 |
感心した風味にまったく中身のない感想を口にして、木葉はそっと空き地から脱出した。
破壊神は、追いかけてこなかった。
だがしかし。木葉はこことはちがう別の世界で、破壊神からは逃げられないことを知ることになるのである。