静寂。

　ぎちぎちと、なにかかたいものを壊す音だけが響く。

　二人の人形は動かない。

　ふよ、と光精が、抱き合うように固まった二体の周囲を舞う。

　“不死の王”の指先から伸びる“糸”。
　それは、レーネの胸元に突き刺さっている。

　しかし同時に、レーネの剣は、“不死の王”の身体を貫き、その賢者の石を砕いていた。

　ぐるり、とレーネフィアが手首を捻る。
　再生しようとする賢者の石を、剣の切っ先が割る。

　剣が幾ら賢者の石を割り砕いても、その時点で既に再生は始まっていた。
　“不死にして無機の王”は、滅びることはない。

　だからレーネフィアは、最後の切り札を取り出した。

　赤く光る、賢者の石。
　指先から落とされたそれは、“王”の人形を杭のように貫いた剣の切っ先に、液体のように絡みついた。

　賢者の石。魂を保存する器。
　“王”の人形の器が砕かれた今、その魂はレーネフィアの用意した器の引力に引かれて、ひとつになる。

　前以て用意された術式による戒めが、“不死の王”を縛る。

　そして、レーネフィアは、“王”を閉じこめた賢者の石を、

　呑み込んだ。



　　　　−−−


　一揆は終わった。
　レーネフィアやその同行者たちががやがややっている間に、王やなんやかんやは片付けられてしまったようだ。
　まあ、自分たちのやった事が全くの無駄でもなかったとは思うから、その辺はいいか、とも思う。

　それに、無駄を楽しむということを、レーネフィアはこの旅で知った。

　ネロやミラルカとの旅は楽しかった。東の事は残念だったが、後で追いかけて捕まえてやるつもりだ。

　”ダルシャナの事典亭”での客や店主との会話はレーネフィアにとってとても実りが多いものだったし、飲食の場としても心の休まるひと時だった。

　タンポポ荘での賑やかな日々も忘れ難い記憶だ。少し賑やか過ぎた気もするけれど、今となってはそれもまた少し寂しい。少しだけ。いや、本当に少しだけ。


　叶うならば――いや、口にすることはやめよう。
　貴族としてあるまじきことだ、というちっぽけなプライド。
　レーネフィア・ディ・ステラは貴族だ。いつか滅びるその日まで、それは変わらない。変える気もない。


　もうネロやミラルカとは別れた。

　うぃすぷさんはついてきてしまっているが、まあ問題ないと思う。

　転移の魔法陣を展開。来た時は覚束なかったこれも、今ならば問題なく使いこなせる。

　魔法陣に魔力を通す。メルンテーゼの景色が遠くなる。

　別離。


　　　　−−−


　レーネフィア・ディ・ステラは、玉座からゆっくりと身を起こした。
　あたりを見渡す。旅に出る前と同じ、空虚な玉座の間だった。

　頭の中に、"王"の声が響く。

　液体となった賢者の石は、レーネフィアの体を循環し、"王"の魂をレーネフィアの中に溶かした。
　ゆっくりと、その魂はレーネフィアに喰われて消えていくだろう。
　その時こそ、レーネフィアは本物のノーライフキングになる。

　それが滅びへの一歩なのかどうか、今のレーネフィアには判断がつかない。

　レーネフィアには、これから貴族としての役目を証明する使命があるのだ。
　立ち止まってはいられない。


　さて、これからなにをしよう？
　レーネフィアは無性にわくわくしながら、玉座の間を出ていった。