この世界に来る前バイトで貯めた貯でようやく墓石を買えた。
墓というのは場所代もあるため費用がかなりついた。
俺は寿命を終えれば寺に入る。死体は残らない、人のように骨も残らない。
なら何が残るんだろう、高千穂は俺に家と財産を残した。
俺は何を残せるんだろう。俺の痕跡が欲しかったのかもしれない。

ガキの行動パターンというのはわかりやすい。
エリカという女子はすぐアニマとはぐれる。あれはセットだしアニマはエリカの所有物であった筈だが常に同行するほど過保護ではないようだった。
本日決行することを安野に告げると安野は然程興味もなさそうに「じゃ、後で様子見に行きますね。」と気の無い返事だけを返していた。
元々安野は外の世界に出られればラッキーと思っている人種だ。
恐らく俺が失敗しても成功してもこのまま元の世界に戻らず行方を眩ませるつもりなのだ。
生贄を前提にされている学科の者は皆こぞってそういう性格をしている。
そんな学生を放流する寺も寺だが。
話が脱線した。エリカはすぐアニマを放りどこかへ行く。
心配をされない時間なら昼を過ぎた辺りだろうか。
さりげなくエリカの動向を見守り、一人で居る所に声をかける。

「何！どうしたの天津国兄様」

目に見えて喜んでいる無防備な子供は素直に声をかけたことに対して喜んだ反応を示した。

「オッスー。エリカァー。
　かくれんぼしねぇ？」

同年代の子供も遊びに誘われることもなかなかないのかエリカは嬉々として一つ返事で承諾をする。
あとは人気のない場所で話しをするだけだ。
ゴホリ、マスク越しに咳が出る。
ゴホリ、また咳が出る。
半妖といえど妖怪、特に口にその特徴が現れれば三猿の影響が出てしまう。
見ざる、聞かざる、言わざる。
天津国は「言わざる。」嘘を言いにくい種だった。
嘘をつけば途端体調が悪くなり顔色も悪くなる。
エリカがそれに気づき、飴をよこそうとしたが遠慮した。
残念そうなこの子供に情を持つ事は無い。

目処のつく場所に着くとエリカへと向き直り大きく息を吸う。

「かくれんぼって言ったが嘘デェース！！
　なにはともあれオメーに話がありまーす。」

正直に話せば多少体調は改善されたような気がした。
嘘を吐かれたエリカは怒ることはないが一瞬不思議そうな顔をしていた。
すぐにいつものような反応へ、からからと笑うのだ。

「なんだー！嘘かー！！騙されちゃったなー！！！あははははは！！！
　何なに？天津国にいさまがお話って凄いめずらしいね！！」

「オメーがパパって言ってる奴から離れろ。
　そいつは俺の世界で先約があってどのみち死ぬんで。」

「えっやだ！パパ何で死ぬの？病気なの？？アニマが治してくれるよ。治すよ！」

何故遭遇して数ヶ月。
本当の肉親でもない相手に親のような名称をつけるのか天津国にはまるで理解が出来なかった。
だが目の前の子供は自分の肉親がさもいなくなってしまうかのような振る舞いをしている。
重症だなと思った。
天津国はため息を付き、此方の事情を話す。

元々この世界に来た鉄の男は別世界からの調査機であり
機械と生体、そして魔術を融合したような作りに興味を引かれた寺が
希望する環境を案内する代わり献体提供の契約を交わしている。

アレは目的を果たせば解体役目だとハッキリと言ってやったが
途端エリカは駄目だ駄目だ、やだやだと駄々を捏ね出す。
アリエスのような素直な子供は接しやすいし扱いやすい。
だが目の前の子供はただ単に我を通そうとしている。
本当の親でも無いものに対して何をそこまで執着しているのかはわからないし。意味がわからない。
天津国は己の力で生きていこうとしない、ただただ甘えてばかりのこの子供が嫌いだった。
泣きじゃくりながら縋ろうとする子供の姿。
一つ呼吸をし、帯刀した蒼い札が貼られた鞘を押さえ腰を屈める。
一瞬の抜刀と共に小さなものが落ちた。

子供の指。

痛いという言葉や悲鳴が聞こえた。
刃は凍らせてあり切るものも表面だけ凍らせる。
出血は暫くしないだろうが脅しにはなるだろう。
自分がエリカを殺めるほどに本気だという事は。
刀を手にしたまま蹲るエリカに近づき見下ろす。
ゴホリ、また咳が出る。

「俺たちの前に二度と姿を見せるな。
　失せろ。」

ここまで脅せば泣きながら逃げ出すだろうか。
そうとばかり思っていたが天津国の考えは甘かったようだった。
エリカは傷をかまうことなく両の手で身を乗り出し天津国にしがみ付く。

「やめてよ！！！！！！！！！パパを殺さないでよ！何でパパを殺さなくちゃいけないの！！！
わかんないよ！！！！パパすごいいい人だよ！！わたしのパパなの！！！！！
あなたになんてあげない！！！！！わたしのパパをころさないでよ！！！！！！！！！！！！」

なんだこの子供は。自分の事よりそんなにアレが大事なのか？
驚きと困惑が沸く。同時にこの子供の狂気を一瞬見た気がし危うく刀を落としかけてしまう。
ここまで来たのだ、後戻りは出来ない。
その表情は必死そのもので、エリカを見つめながら天津国は刀を突き立てようとし

横に殴り飛ばされていった。