（Eno.2122の日記と合わせてお読みください）
街は喧騒に包まれている。俗に言う、“お祭り騒ぎ”というやつだ。
新王パラダイスを倒し、強制型エンブリオを祓った俺たちは、長く続いた一揆を集結に導いた。ネクターは城から解き放たれ、人々の暮らしは元通りになったのだ。
凱旋する俺たちをいきなり強烈なタックルで俺たちを出迎えたラルフは、「宴の準備だ」と言った。
戦が終われば、次は祝杯だ。これから街を復興させて行く為にも、平和を取り戻したメルンテーゼで区切りをつけるのは重要なことなのだろう。

「……これで、一件落着……？」

「ああ。俺たちがすべきことは終わったよ。これから先のことは、ラルフやルリアンナたちに任せよう」

初めてこの世界へ飛ばされてきた時とはうってかわって、人々の表情は活気に溢れている。
街の外で正気を失っていた野良エンブリオたちでさえ、少しずつ街に戻ってきているようだった。
世界は、元の様相を取り戻そうとしている。
宴が終われば、一揆に参加していた者達もそれぞれの場所へ帰るのだろう。
それはつまり、帰る手段を持つ一揆参加者たちに話を聞けるチャンスでもある。
あれだけ苦しく辛い戦いも、終わってみれば存外にあっけないものだと思った。

「なら、一先ずは彼について行けば……」

「……目が、ちかちかする」

「おいおい、大丈夫か？　足元がふらついてるぜ」

歩みの覚束ない冬花に、咄嗟に手を伸ばす。
手を取れば、少しはバランスも保てるだろう。周りの視線が気にならないとは言えないが、何もないところで転ばれるよりは、こっちの方がいい。

「……先輩。先輩は、今、どう思っているの」

「パラダイス王を倒して、沢山の人が、これからきっと、元の生活を取り戻して。
　一揆は、終わり。でも……私達はいつ、どうやって、終わるの」

じ、と見つめられる。
冬花の握り返す手の力が、心なしか強い気がした。

「帰るんだよ。帰って、決着をつける。先輩に――カノッサ機関に」

「……なるほど。それなら私達はまだ、終わりじゃない。」

「先輩。私達はまだ、『ここ』に来てはいけない」

視界がちらつく。風景に白雪が舞うように、ちかちかと。
右眼が、違う景色を映し出す。――紅。足元に敷き詰められたネクター。奥へと続く通路。

「――ちゃん、まことお兄ちゃん！」

遠くから声がする。聞き覚えのあるものだ。

「魔異さん、冬花さんっ！！」

トリスとルドルフ。一揆の達成を望む、二人の幼い霊。
俺たちがさっきまで見ていた宴の景色にそぐわない、切迫した声。

「……なるほどな」

そうしてまた、宴の景色に戻る。背後からやってくるのは、赤毛の男。

「うおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉおおぉッッ！！！！」

なるほど。どうやらこいつは、俺たちを祝おうとしているわけではなく、この居心地の良い大団円に居座らせようという魂胆らしい。