街が、明るさに包まれている。
宴の準備だ、と久しぶりに会う彼は言った。
人々の、安心したような空気と歓声。
それは、王を倒したことで訪れたもの。

「……これで、一件落着……？」

そんな周りの喧騒から取り残されているような気がするのは、いまだに実感が湧かないからかもしれない。
あの赤の王を倒しても、時空の扉が開くわけでも、身体が掻き消えるわけでもない。何ひとつ、手掛かりは掴めないまま。
一揆が終われば、元の世界に戻る手段が手に入る。そんな、根拠の無い確信を抱いていた。
だから、それが空回りに終わった今は、少しだけ虚しいような、燃え尽きたような、そんな気持ちになってしまって。

「ああ。俺たちがすべきことは終わったよ。これから先のことは、ラルフやルリアンナたちに任せよう」

先輩の声や表情は、私よりも彼らの空気に溶け込んでいるように思えた。
この先に不安を抱く私とは違い、何をするべきかを、わかっているような。

「なら、一先ずは彼について行けば……」

それならば今は先輩に従うのが良いのかもしれない。そう思った所で、嵐のように去っていった男の事を思い出し、その姿を探す。
少なくとも見える範囲にはもう、豪快なタックルと抱擁をしてきた男は見当たらない。
場所も知らせずに行ってしまうなんて、随分とせっかちだと、思う。
彼が向かって行った先にも、喜びに溢れた人々の姿が見える。

「……目が、ちかちかする」

目だけではない。耳も。赤一色の静かな世界から、彩りと喧騒にあふれたこの街へとやって来たからだろうか。
何人かの一揆参加者、トリスやルドルフ。
元々この世界に住んでいる人達にも、彼らが抱く王への気持ちにも触れてきたのに、
今目に映る全てが、やはり遠い事のように感じられてしまう。

「おいおい、大丈夫か？　足元がふらついてるぜ」

そう言うと、先輩が私の手を取る。
確かな感触に、どことなく安堵のような、落ち着きが生まれるのを感じた。

「……先輩。先輩は、今、どう思っているの」

彼は、この街の今に、何も感じていないのだろうか。

「パラダイス王を倒して、沢山の人が、これからきっと、元の生活を取り戻して。
　一揆は、終わり。でも……私達はいつ、どうやって、終わるの」

「帰るんだよ。帰って、決着をつける。先輩に――カノッサ機関に」

彼の答えは、何の迷いもないものだった。
それは、そうであって欲しいと思っていた答え、そのもの。
聞いてみれば、なぜ自分がこんなに揺らいでいたのかと、思ってしまうような。

「……なるほど。それなら私達はまだ、終わりじゃない。」

そう。私達の終わりは、ネクターを解き放つ事ではない。王を倒し、元の世界に戻る。
先輩の手を握る。菫色の気配が伝わる。この子は、全てを改竄し、欺いていく。
だからこそこの子そのものは、常に全ての真実を、その目に映している。だから。お願いを、してみる。

「先輩。私達はまだ、『ここ』に来てはいけない」

視界がちらつく。風景に白雪が舞うように、ちかちかと。
先輩の右眼は、きっと私と同じく、さっきまでと違う景色を映している筈だった。赤に染まる世界。──その奥へと続く道。

「――ちゃん、まことお兄ちゃん！」

「魔異さん、冬花さんっ！！」

夢から醒めるように。
聞き覚えのある声と、良くわからない雄叫びが遠くから聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。