一切の間隙をも許さぬ、数多の剣撃がハルシオン目掛け降り注ぐ。
その轟音は錚々たるもので、音の切れ目が発生しない程の代物。

一方のハルシオンも球体全てを用いた波状攻撃を行っているが、悉くラルクゥに受け流されてしまっている。
七色の光弾や光線が脇差によって右へ左へと弾かれ、塵と化していくその現状に…彼は少なからず違和感を覚えた。

ラルクゥは空けていた左手で脇差を引き抜き、勢いに任せる形でハルシオンの右肩目掛け切り上げる。
その攻撃にも躊躇の色は一切見られない。

それは彼が日常的に用いている防御強化の術式。
球体達が常にハルシオンに対し展開している結界の効力を増幅させる効果を持つ。
ただでさえ矢一本をも通さぬ強固な結界にこれを用いることにより、彼はどんな種類の攻撃にも難なく対応できる…はずだった。

ズキン、と肩に鋭い痛みが走る。目線を落としてみれば…肩の肉が服と共にパックリと裂け、軽く出血していた。
ラルクゥが振り抜いた脇差に血液が付着しているのを見落とさず、これで斬り付けられたのだと理解する。
その現状を目の当たりにすれば、僅かに思案し…その後、彼の顔付きが変わった。

ラルクゥは斬り付けに用いた脇差を淀みない動作で振り直し、切っ先を彼の方へと向ける。

『術殺しの刃』とは…この地にてハルシオンの攻撃を受けた際に破壊された、術式という概念を破壊する古の武器であり防具。
ラルクゥはその刃の破片に一抹の望みを賭け、今用いている脇差達に鍛冶の要領で叩き込んでみたのだ。
…結果として、やや不安定ではあるが、ハルシオンの攻撃にも対抗できるようになったらしい。

木々をも吹き飛ばしてしまう勢いの強風が、ラルクゥに向けて放たれる。
ラルクゥは地に足を貼り付かせることで吹き飛ぶことは免れたが…代わりに地面を抉りつつ大きく後方へと追いやられてしまう。

続けざまに、ハルシオンは舵を取るかの如く、前方へと大きく腕を振り出す。
直後…全ての球体達が彼の前方に集まり、一斉に正面に向けて光線を放ち始めた。
それらは重なり合って一体化し、正面一帯を眩い光で覆い尽くしてしまう。
全てを消滅させんとする粛清の光は、先程の強風をも喰らい、掻き消す。

ラルクゥは最初、瞬時に避けることを選択しようとしたが…あまりにも攻撃範囲が広すぎて不可能だと切り捨てる。
代わりに導き出した答えは…全ての脇差を盾のように構え、強引に正面突破することだった。
刃に当てられた光はあらぬ方向に屈折したり、そのまま消失したりと…一定以上の効力は得られているようだ。

しかし、それでも全部位を防御できるはずはなく…光に照射された箇所は次々と焼け、裂かれていく。
まるで刃の雨のような光線を全身に受けながらも、ラルクゥは決して足を止めようとはしない。
光線の甲高い音と、刃が打ち鳴らされるような耳障りな音とがひたすら反響し続ける…。

一方のハルシオンもこの攻撃法はかなり体力を要するのか、両脚が僅かに震え始めている。
少し攻撃を緩め、ラルクゥの安否を確認しようとした矢先…。

突如として眼前に現れた、目にも止まらぬ速度の一閃。
それはハルシオンの額を真一文字に大きく切り裂いた。
目元を覆う血液を振り払う余裕もなく、ハルシオンは若干体勢を崩し、よろめく。

熱い吐息を漏らしながら、口内から血を吐き捨てる。
即座に追撃を試みるも…ハルシオンの球体達に進路を塞がれた上に、逆に高密度の針弾による反撃をもらってしまう。
既にズタズタになっている全身に追い打ちを掛けられ、ラルクゥの全身は相当量の血が滲み、真っ赤に染まっていく。
足止めが成功したと察すれば…球体達の攻撃は太腿や肩、心臓や目等の急所を狙ったピンポイント射撃へと移行する。

反射的に、先程と同じ要領で防御を試みたものの…。
先程と異なり、一点に集中する攻撃であったのが裏目に出たのか。
頼みの綱である脇差は比較的損傷の少なかった一本を除いて粉々に砕け散ってしまった。
その代わりに深手を負うこと自体は避けられたらしい。

口は相変わらず達者だが…ハルシオンの呼吸はかなり荒い。
咳き込もうとするのを強引に抑えながら、最も近くにあった球体を引き寄せて傷付いた額へと添える。
すると、傷付いた箇所が淡く輝く…どうやらこれは治療行為のようだ。
そして…治療に専念したいという彼の意思の表れか。
その他の球体達もハルシオンの周囲へと戻り、クルクルと回りながら防御結界を張り直していく。

一方のラルクゥは、何故か追撃をせずその様子をじっと見つめ…その間に自身の治療を最低限に絞って行っている。
直前の激闘から一転、二人の間には暫しの静寂が訪れた…。

ここは衝突している二人から少しばかり離れた木陰。
トガノは先程ハルシオンに渡された無色透明な球体を懐に抱えたまま、二人の激闘を食い入るように見つめ続けていた。

彼の隣にいる、美しい金の髪と尾を持つ和服の女性は…名を『鼓』という。
種族は妖狐。
元々はこの地で知り合ったただの会話相手でしかなかったが…多くを経て、主従関係と婚姻関係を同時に結ぶこととなった。

そんなことを言いながら、ツヅミは同じように眺めつつトガノの腕を抱き寄せる。
トガノが穏やかな表情で小さく笑った。

懐から無色透明な球体を取り出し、ツヅミに見せる。
大きさは掌大程度しかなく、触感もゴムボールのようにブヨブヨとしており…お世辞にもそういう代物であるようには見えない。

言われるがままに、ツヅミがトガノの目線を追う―――。



……血の滴る音が何度周囲へと響いただろうか。
最低限の治療を素早く済ませたラルクゥとは対照的に、ハルシオンは目を閉じたまま額の傷の治療を行い続けている。
その間も球体達の活動は一切緩むことなく…むしろ徐々に活発で強固なものとなっていく。
程なくして…ハルシオンが若干掠れ気味の声で言葉を紡ぎ始めた。

既にハルシオンの出血は治まっている。
魂のエネルギーを自らに注ぎ込むことで、額の傷は恐るべき速度で完治へと向かっているようだ。
一方のラルクゥは、包帯代わりに破いた服で最低限の止血をした程度。
未だにその血は零れ続けている。

ハルシオンの表情が神妙なものとなる。

治療は済んだのか、ハルシオンがゆっくりと立ち上がった。
同時に、防御に徹していた球体達が再び攻撃エネルギーを蓄え始めたようだ。
球体達は神々しく、そして禍々しく種々の色を明滅させている…。

手慣れた動作で、先程のそれを引き寄せる。
…直後、ハルシオンの表情が凍り付いた。

ラルクゥが女性とは思えない程の雄叫びを発した。
それに呼応するかの如く、ハルシオンが両手で自らの頭を押さえ付け始める。

血塗れのラルクゥの身体が、僅かに蒼く光る。

ラルクゥが深く息を吸い込み、掌底を叩き込もうとしたその瞬間。

ラルクゥの身体は大きく後方に吹き飛ばされた。
先程受けた突風と異なるのは…攻撃の予備動作が全くなかった所だ。
球体達から攻撃を放つ場合も、ハルシオンは必ず命令等の予備動作が必要となる。
それらを全く必要としなかった今の事象は、まさに異様だった。

事の成り行きを見ていたトガノとツヅミが、全速力で駆け付けた。
流石に想定外の事態だと察したようだ。

ハルシオンが周囲に漂わせていた球体を全て体内へと取り込んでしまう。
それはまるで…小惑星がブラックホールに吸い込まれるかの如く。
直後、その身体は広範囲に向けて漆黒のオーラと轟雷を放ち始めた。
ドスの利いた声で叫ぶその様相は…最早人間のそれではない。

互いが交差し、己へと振り返ったトガノに『素直な感想』を述べるベルンが居た。

ベルンの両腕には未だ青黒い刃が朧げに在った。・・・がまもなく消え失せた。