人の口に戸は立てられないのはどこの世界でも同じらしい。
　一揆衆の反乱は前王を乗っ取った何者かを倒すことで収束し、この世界の危機はイカ娘（直接会ったことがないため名前をよく知らない）を力でねじ伏せることで回避された。この世界のその後は観光名所だそうだ。
　美味しいものが増えればそれでいいの、とは女王陛下のお言葉。こまごまと作り続けていた手製の地図など不要な街ができるのだろう。印刷所まで出来るのかは知らないが。
　――それはいい。私にとっては大したことではない。
　観光名義の長期休暇中の女王陛下。私はその警護という公務中。今回は私だっただけで普段は騎士隊のうち三人が警護につくのが普通だ。更に言えば女王陛下の、他世界での休暇など滅多にできるものではない。




「少し、よろしいですか」
　エンブリオを追い散らし、夜のお茶を用意し終えたコノエがいつになく表情の抜けた顔で声をかけてきた。
　初めて見る表情に首を傾げつつ案内された椅子に腰を下ろす。用意の済んだテーブルは横に避けてあり、コノエは――本当に珍しく、心から逡巡して――顔を伏せ、私の前に跪いた。
　叙任から王命を拝する時まで度々見てきた姿。違うのは主導権がコノエにあること。
「…………」
　落ちる沈黙。星の瞬きすら聞こえるんじゃないかと思うほどの静けさ。
　でもコノエはここ一番で決断できないほど軟弱ではなかった。
　銀の髪がさざ波のように揺れ、翠の双眸が真正面から私を見た。
「お慕い申し上げております、女王陛下」
　幾度と無く聞いた台詞だった。建前として存在する『恋人』を演じる騎士の。しかし彼は、頭を振って目を閉じる。
　再び顕になった瞳には気圧されるほどの覚悟があった。
「君を、愛している」




　息が止まる音がした。それからいつも伏せがちな瞳が大きく見開かれる。
　最高級の紅玉も真っ青な赤。それは衝撃、動揺、困惑に揺れていた。
　目は口ほどにとはいうがその通りだろう。大きく揺れてはいるが目は逸らさない。
「ぁ……」
　こく、と白い喉が動く。喉が渇いているのは明白だ。耳まで赤くなればさぞかし水分は逃げ出していることだろう。
　待つ。望む答えも望まない答えも。
　すぅ、ふぅ。漏れ聞こえる吐息。唇を湿らせて一度目を閉じる。

「す、き……」

　はっきりと聞こえた。震える唇から発せられた、私だけに向けられた言葉が。
　幾度と無く潰されたことのある頭も今ほどの衝撃を与えられたことは、後にも先にもないに違いない。飾りでしかない心臓がどこぞの祭りよりも情熱的に踊り狂う。
　ここまで来れば毒を食らわば皿までの心境で手を伸ばした。左手を掴み、口づける。自由な右手で懸命に耳を冷やす彼女は嫌がらない。
　夜着の袖を手繰り寄せて腕の中に抱き込んだ。おずおずと温かな手が背中に回される。
　互いに不必要な鼓動を感じながらどちらともなく笑い出した。
「……コノエ、抱きしめるの下手」
「申し訳ありません。なにせ――愛のある抱擁は初めてなもので」
　まだ赤味の残る顔のまま見つめ合う。赤い瞳には躊躇いがあった。それは否定的なものではなく、現実を疑うような色だ。
　優しく顎を持ち上げる。彼女の手が私の服を掴む。慣例的に、目を閉じて。驚くほど軽く、優しく唇を触れ合わせる。
　私達は初めてキスをした。

今回はシンプルに肉じゃがを作る事にした様だ　
調理結果は…　 1D10 = 10 ( 10 )

　闘技だとよくその恩恵を受けているからね、とナスルは笑んだ。
　触れた指先に、ナスルの笑みもまた一層ほぐれて。
　姉でもあり、また母のような表情がかいま見えるとナスルはアラトの顔をまじまじと眺めてぼんやり目を細めた。
　

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。