多くの冒険者にとって、“ドラゴンスレイヤー”は憧れの称号であろう。
その称号を名乗るための唯一にして最大の条件が、ドラゴンの討伐である。

険しい山の頂にドラゴンを従える女騎士がいるというのは、一揆衆の間では有名な噂であった。
本来、“ドラゴンスレイヤー”は、権力者からの依頼に基づきドラゴンを倒してこそ得られる称号。
現王に仕えるドラゴンを倒しても“ドラゴンスレイヤー”の称号は与えられないであろう。
それでも、いつの日かその称号を得るために、ここでドラゴンと相対することは良い経験になるはずだ。


道案内をしてくれたトロールの魔術師は、なかなかの軍師でもあった。
彼（彼女？）の指示に沿って隊列を組み、これもまた指示通りに技や魔法を繰り出す。
ドラゴンや女騎士が用意していた厄介な防護魔法を、人間がその手から吐き出す闇の力で消去すると、
いつの間にか絶大な威力を誇るようになったメアリーの魔法が容赦なく相手に叩き込まれていく。

危なげなく三頭のドラゴンを仕留めると、最後に残った女騎士はわずかな抵抗ののちに剣を納めて立ち去って行った。

−−こんなものか。

自分が主にしたことは、水の精霊の力を借りて仲間が受ける傷の治癒をすることだった。
だが、人間もメアリーも、十分な治癒魔術を予め武具防具に仕込んであり、さらに回復を施す必要はほとんどなかった。

−−こんなものなのか、私は。

ドラゴンを倒すという目的を果たした。
なのになぜだろう、どことなく空しいのは。
分かったのは、自分が、策の面でも力の面でもまったくもって力不足だということだ。
自分一人ではドラゴンを一匹も倒せないのはもちろんのこと、メアリーや人間の力を十分に引き出すこともできなかったろう。
特に、人間が得た闇の力を利用することは、それが戦況を大きく左右するにもかかわらず、考えようともしなかったはずだ。


トロールの魔術師と別れ、山を下る。麓まで下りたら、適当な空き地を見つけて今宵のキャンプを張ろう。
「さてッと、今宵は戦勝パーティーだな。腕を振るうから期待しな？」
前を行く人間が、顔半分でこちらを振り返りながら言う。

不死の王を“食って”から数日、徐々に王の力が体に馴染んできたのだろう。今ではすっかり元通りの声、表情だ。
とはいえ、意思の力で体の中の不死の王を押さえ込んでいるだけだというのだから、油断はならない。
おまけに、全身から溢れて漂う闇の魔力の臭いは、強すぎて誤魔化せない。
今日のように、不死の王がもたらした力を散々使ったあとは、彼の中で王の意識が頭をもたげていることだろう。

ふと、人間の手を見やる。
ドラゴンとの戦いの間、手から放出する闇の魔力を剣に乗せて、相手の防護魔法を相殺していた。
手甲とグローブで覆われたその中の手の平は、いったいどんな色をしているのだろう。

こちらの視線に気づいたのか、人間が、「なんだ、嬢チャン、またアレが見たいのか」などと言い、
手の上に闇色の靄の塊を呼び出してみせた。
ニヤリとした笑みを浮かべてこちらの反応をうかがっている。
「ちょっと…その馬鹿な真似は止めてくれる？」
闇の魔術など、見たいはずもない。完全に嫌がらせだ。

ただでさえ体中から漂う闇の臭いが神経に障るというのに、そんな手で料理をされたら食べる気も失せる。
料理の前にグローブの上からでも手をたわしで洗ってやろう。 そうすれば、多少は臭いも落ちるだろう。

不甲斐ない自分への怒りを人間への八つ当たりに転嫁しているような気もしたが、気にしないことにした。