信じる。

なんと私から遠い言葉だったろう。
それは、何もかもに怯え、逃げ惑い生きてきた私には、手の届かない言葉だった。

誰かや何かを信じてもいいと、そう自分に許せるほどの繋がりなどひとつもなかった。
独りで生きることは、今この瞬間の自分をさえ疑うことだった。

自分自身の挙措のひとつひとつが、明日の自分を追い詰める。
そう思って、貝のように自らを閉ざす。
わずかでも身を守るために、得られるものよりも失われるものを恐れて。

けれど今は。

今の私は、そうして自分が傷つき損なわれることよりも、恐ろしいことを知ってしまった。

失いたくない。
失われてほしくない。
たとえ手が届かないままでも、私が失われても、いい。
だから、と。

だからどうか、お願い、と。

祈る神を持っているわけではなかった。
それでも祈らずにいられないほど、胸を突く痛みが私を急かす。
なにもかもを置き去りにする速度で、祈りと、欲と、恐れと、熱が綯い交ぜになって溢れていくのを止められない。

あれほどに奪う手を厭悪していたのに、私はいまや、その手のひとつを恋い慕っているのだった。

身の内の矛盾に引き裂かれながら、裂けたその傷から、閉じ込めていたはずの、幼子のようなこころが顔を出す。
奪い合いの生から遠ざかるために隠したもの。
抱えたままでは生きてゆかれなかったのだと、今ならわかる。

私は、信じたかった。
それを許してくれる何か、私が私であるために損なわれることのない誰かを信じ、こころを寄せていたかった。

私も、愛を抱いていいのだと。

私も、望みを抱いていいのだと。

黄昏の幻ではないほんとうのことを、私は、信じられるだろうか。
いまさらになって。
ここまで来てしまっても、まだ、やり直せるだろうか。

私はまだ、私の生に、間に合うだろうか。