己が首を振るのに反応して、小さく引き上げられる彼の口の端に、こちらはぷっと唇を尖らせた。
とはいえ、思考は彼の言葉を紐解く方へと向けられている。
彼の取り戻した、記憶のかけら。
それを丁寧に並べて、差し出してくれる彼の言葉に、見落としはないか、瑕疵はないか。
滑らかな石の表面の、細かな傷を探るため、指先でそっと撫でるように。
言葉に思考を沿わせていく。
思案のため、伏しがちになっていた目が彼の言葉にパッと上がった。

思案をめぐらせる。心当たりのあるキャラクターはいたけれど、それは彼の生まれた物語とは違う書物、違う世界の住人だ。
だけど、その能力なら、あるいは。

自信のない答えを恐る恐る口にする、その臆病さで口にしたのは、非常に端的な四文字。

彼の生まれた世界とは違う世界の生き物だけど。
ついつい挙げてしまったのは、あのニヤニヤ笑いを思い出したとたん、頭にこびりついてしまったからかもしれない。
否、もうひとつ、よぎった影はあった。
長い金の髪、ふわふわのエプロンドレス、しましまの靴下。
だけど、彼女には……剣を求める理由は…あっただろうか？
首をかしげたまま、彼の言葉に再び耳を傾けて。そのまま、しばし、動きが止まる。

いくつもの版を重ね、その分だけ世界が増えているのなら。
彼のいた世界を基にした、あらたな世界も増えているはずだ。
パロディ、オマージュ、リスペクト。
いろいろな言葉で表される、物語の作り方の、ひとつ。
彼のいた世界はとてもたくさんの人に愛されているから、特にそういったものが多い。
その中のどれか、勇者が剣を手放した、またははじめから持っていない世界を探し当てれば。

……とは、思うものの。
約束を果たした彼の身に待つ未来は、見えない。
彼から聞いた限りだけれど――約束は、たしか。

――だと、したら。
見つけて、渡してしまえば――どうなる？
だが、知らんふりして探すのをやめて、忘れてしまえば、それこそ。
"約束"は牙を剥くだろう。
ならば、どうすれば――……

ぽん、と頭の上に乗せられた手。
その大きさも暖かさも、すっかり慣れてしまうほど、幾度も髪を撫でてくれたその手は、けれども今もまた。
ぐるぐると沈んでしまいそうな淵から気持ちを掬い上げてくれた。
少し遅れて、先ほど彼が笑みと共にこぼした軽口を思い出して、ふふ、と頬が緩んだ。

実際内緒にしていたかどうかはさておき、気持ちは充分、浮上したようだ。
ぴるぴる、ぴるぴる、何を作ろうか迷うのを楽しむように、尾羽がしきりに揺れている。
てちてち歩き出しながらも、彼の言葉に顔を上げ。
小さく笑って、確かにしっかりうなずいた。