襲いかかってくるエンブリオを打ち倒せば、その姿は空気に溶ける様に消えてなくなった。
敵の本拠地だ。その強さこそ厳しいものではないが、如何せん敵の数が多いように感じる。
それでも一歩一歩と進んで行くのは、ただひとつ、この戦いをメルンテーゼによりよい形で終わらせる為だ。
実際にそうと出来るかは兎も角、何がよりよいかを部外者の男が選ぶ事は、おこがましいのかも知れない。
けれども、せめて　　が幸せだと感じる世界に戻れるのなら、それはきっと―――たぶん。

はあ、と息を吐く。
おいしいもの探しのついでで始めた一揆と言うこの戦いに、こんなに真剣になるなんて、と笑う。
最初はただの観光だった。その最中で、忘れていたものの断片を思い出す切欠を手に入れた。
自分の力だけではない。長い時を旅してきた先で得た小さな繋がりが、導き出してくれたものだ。

ならば、それに報いよう。
本の中のあの暗い森から飛び出して過ごしてきた時間のなかで、多くの人と関わりあってきた中で、
例え自身に得るものがなくとも、そうする事こそが男の思う人間の在り方だと、思ったから。

伸ばした指先で、さっきまでそうしていたように、彼女の手を取る。
もう大丈夫かもしれない。此処に戻って来たばかりの時より、大分落ち着いたように見えた。
それでも手を離せなかったのは、きっと、

「―――行こうぜ、ヤドランカ」

辿ってきた間取りから想像するに、先へと進む階段はもう近くにあるはずだ。
とにかく今は、前へ、前へ。ふらつかぬ確りとした足取りで、小さな手を引きながら、男は歩き出した。

嬉しそうな様子の彼女を見て、男もまた、楽しげに喉を鳴らして笑う。
受け取ったリツィタルを飽きもせずに眺めながら、一人、浅く頷きを落とした。


＊　＊　＊

暫くしてから。廊下を迷いながら歩いている途中、不意に脚を止めて。

彼女の名を呼び、振り返った所で差し出すのは小袋だ。
シンプルな白地に橙色のリボンが掛けられたそれを開けば、
中には果物や花のかたちを模した、一口大のキャンディーが入った小瓶がある。

下腹の羽毛を逆立てたまま、敵を見据えている。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。