オルガの呼びかけを感じる。タカージュドールの響きによく似たそのレルヴォヴェールの遠く隔てられた言葉。鳥籠と革命。その単語を聞いた時の深い違和感は今もまだわたしの中に澱のように沈殿し、あるいはいつか重く鎖にもなるのだろうとも感じている。鳥籠とは、誰のためのものなのだろうか。鳥籠、タカージュドール。マカージュドールと呼んで笑ったのは誰だっただろう。わたし達の金色の鳥籠。おまえの、とわたしを呼ぶのは誰だったのだろう。おまえの、君の、…あんたの、と。
鳥籠には所有者が存在する。籠を鳥籠とするのは、鳥ではなくそれを鳥籠と定めた所有者だ。確かな、君の好む言葉でいう、支配の手触りが籠を鳥籠たらしめる。君の世界が流転の中にあるとして、わたしたちの世界は巡ることのない閉ざされた箱の中に、大切にしまわれたその宝物の中に、ある。弾倉が巡るように、巡るものは何もなく、閉ざされた世界の所有者――わたしたちの父の手の中に、その鍵が存在する。金の鳥籠に渡されているものは銀の鍵で、それはわたしたちの世界を解放することはできない。籠の中でどれだけのものが巡り、永遠議会が幾度ワルツを重ねようとも、何も動くことはない。弾丸が巡るからと言って、弾倉が回転するわけではないように……。
革命の世界では、世界の中で生まれた世界への変革を求める意志が次の世界を呼び覚ます。その世界ではきっと、次の世界を忌避することなどないのだろう。けれど、その囁きのうまれない世界に革命は存在しない。することが出来ない。鳥が鳥籠から羽ばたくことを望んでいると、誰が確信と共に、籠を壊すことが出来るだろう。世界から愛されているのだと信じているのであれば猶更、約束された安寧と輝きを砕き、吹き荒れる嵐の中で逆風に向かって飛ぶことを誰が選ぶのだろう。

革命は外部からの籠の破壊ではなく、内部からの湧き上がる意志のことだろう。それがわたしの、君とはじめて出会った時の違和感のひとつだ。けれどそれでも、君の声を聞いた時にわたしは安堵した。女であること。わたしの鏡となったこと。わたしの失ったものが君の中にあること。わたしが、エル・フィガロとして生まれ、感染者として此処に在るその現実をわたしはここで、もう一度見つけた……。

わたしをあの日唆したのは、オルガ、君かもしれないと眠りの狭間に思ったこともあった。もしくは、わたしを革命者に仕立て上げたい、君の世界の影かもしれなかった。でも違う、わたしは革命者にはなれなかったし、わたしを手段として籠の亀裂を得るには、彼は見る目がなかった。
けれど、彼は確かにわたしを誘惑した。誘惑し、わたしは、はじめて流されるという選択をした。大きな流れに、わたしの力ではどうにもならないものに身を任せるという選択。わたしは確かにあの時、果てのない胸の高鳴りを得た……。そしてその代償が、今またわたしをここまで、この世界の革命の深部にまで連れてきていることの不思議。
この世界の革命者としてありながら、革命に参加するものたちから、力を奪うのことの矛盾も、また。

オルガ、……きっと君は気づいているだろうけれど、わたしはこの世界なんてどうでもいいんだ。
この世界が今やわたしの鳥籠で、この籠の中からわたしは今飛び立てない。この籠の中で生きている限り、わたしは契約の力を他者から奪い続け、ネクターの鎖に囚われるしかない。この中にあるかぎり。どこかにいきたい。あの日、誘惑されたその願いはかなわないまま、新しい鳥籠の中に飛び込んだだけ。籠の中でしか、生きられないとそう作られたわけでもないはずなのに。そう信じたいだけかもしれなくても。

そうだよ、オルガ。わたしは逃亡者としてここに来た。そして、もう翼は失われてしまっている。
あの日と同じように崖から飛び降りたとしても、どんな浮遊感もなく、わたしの身体は醜く崩れてしまう。


違う。

……もう、翼だけじゃない。ネクターも。
何もなくなってしまった。

今度こそ、本当に、どこにもいけなくなってしまった……