燃え落ちていく赤い花びらを、ただどうすることもできずに見ていた。

荷物の中からこぼれ落ちた花が、その場に満ちた炎に触れて燃え上がる。
揺らぐ火の向こう側に、たくさんの光景が駆け抜けては消えていくようだった。

私の灯す焔よりも、赤く、熱く、攻撃的に吹き荒れる炎熱の一端。

幾度も崩れ落ちそうになる身体をかろうじて支え、癒してもらいながら、その炎の激しさに目を奪われる。
私には得難い、無尽にも見えるちから。
欲しいと思ったわけではない。
ただ、その迷いのない行使に、一抹の憧憬めいたものを覚えないではなかった。

己のために、自らを振るう意志。

暮れるためでなく明けるために燃えるもの。
閉ざすためでなく開くために。
収束するためでなく、解放されるために。

私はなんのために、この指先に鬼火を灯して戦うのか。

はじめは、ひどく身勝手な共感から。
すでに自分以外の何もかもを喪った私と、失いつつあるこの世界の人々と。
まだ、間に合うのかもしれないと思った。
零れ落ちるもの、私自身は間に合わなかった何かに。
私の代わりに、誰かに救われてほしかった。
この痛みの只中に落ちてくる必要など、誰にも、ありはしない。

ならば今は。
私は欲望を知った。
その萌芽を胸の内に抱えて、芽生えたそれが何かを奪ってしまうことに怯えていた。
私はあのひとに届きたかった。
あれほどに恐れ、遠ざかりたかった強欲の罪を傍近く感じながら、それでも。
誰のためでもなくなってしまっていた。
ただ、私が。私自身がそう、望んで。

炎の舌が赤く乾いた花びらを舐め尽くして消えたとき、私は目を閉じて息を吐いた。

ただ、何も奪うことなく暮れてゆく黄昏になりたかった。
ずっとそれだけを望んでいた。
けれど、私は生きていた。

生きている限り、遠ざかりきることはできない。

どれほど逃げ惑いながらも、本当はわかっていた。
わかっていたから、恐れ続けていたのかもしれない。

まだここにある黒い花びらを、思った。

この花びらが無事でよかった、と。
避けようもなくそう思ってしまう自分を、もう、嫌悪することができない。
私は生きていた。
どうしようもなく、生きてしまっていた。

エンブリオの気配、鬼子の握る卵が熱せられ、湯気があがる

茹で卵を差し出す