いたい

くるしい

でも

じぶんよりもくるしいのは――

だって

じぶんは――



やみへとのまれるいしきのなか、猫はここへくるまえのことをおもいだしていました――
















やしきをあとにしておねえさんのもとへといそぐ猫のまえにあらわれたのは、よくしっているひとでした。

スチュアートおにいさん。
猫の、たいせつなともだち。


『！！　スチュおにいさん、ぶじだったのです！？
よかったのです♪』


猫はふたたびあえたことにすなおによろこびました。
おにいさんのかおがすこしこわばっているのにきづかないまま。


『そういえば…おにいさん、セリィおねえさんをみかけなかったのです？
小生、いろいろあってはぐれちゃったのです…』


たしかこのあたりだとおもったのに。
きょろきょろとあたりをみまわしますが、やさしいおおかみのおねえさんのすがたはみあたりません。
すこしだけしょんぼりとしながらも、なにかしっていないだろうかとおにいさんにきいてみたのですが――


「ノースロップは……少し体調を崩していたみたいだったから、一旦帰らせたんだ。
　たぶん、今は本陣で休んでいると思う。
　君のことを心配していたから、君も戻って顔を見せてあげるといいよ」


おにいさんからつげられたのはかんがえてもみなかったじじつ。


『！？　おねえさんはだいじょうぶなのです！？』


いったいどうして？
じぶんがいないあいだに、なにが？
猫のこころはざわめきだちました。


「……最近いろいろあったから疲れが出たのかもしれない、って言ってたよ。
　昔は体が弱かったって聞いたから、念のために休ませたほうがいいかと思って」


ですが、つづけておにいさんからきいたじじつに、猫はほっとむねをなでおろしました。
たしかにここのところ、とてもめまぐるしくいろいろとありました。
いまおもえば、おうさまとたたかうまえもきゅうけいをとったりおねえさんはすこしつかれていたようにおもいます。
そんなおねえさんのへんかにきづけなかったことにちょっとだけこうかいしながらも、猫はいったんもどろうかとかんがえていたの、ですが。


猫は、きづいてしまいました。
スチュおにいさんのかおがいたみをこらえるかのようにゆがんでいるのを。


どうして――？
どうして、そんなかおをするのだろう――？
まさか――


ほんとうはおねえさんのみになにかあったんじゃ――！？



『おにいさん…ほんとうのことをおしえてほしいのです！
セリィおねえさんは――ほんとうに、だいじょうぶなのです？』


そのまま、ささいなこともみのがすまいとひたすらじっとおにいさんをみつめる猫。
まっすぐみつめる猫にしばらくおにいさんはだまっていましたが、やがてこえをしぼりだすようにはなしだしました。


「彼女のことに関係があるかはわからないし、
　……君には、話さないほうがいいかもしれないって、思ってたけど……」


そうまえおきしておにいさんがかたりだしたこと。
それは――


「君は……君自身のことについて、どこまで知ってる？
　　君の記憶が無いことや、そうなる前のことは……」


ほんのすこしまえまでわからなかったじぶんのこと。
でも、いまはちがう。
すべてをしった猫は、つつみかくさずおにいさんにすべてをうちあけました。

おにいさんは、猫がかきしるしたことをだまってみていましたが、すべてをよみおえるとこうつづけました。


「……そう。それなら……
　これはひとから聞いた話で、本当かどうかもわからないことだけど――」


「強制型エンブリオって、聞いたことはある？
　他の生き物から生命力を奪ってしまうエンブリオなんだけど、
　それがエンブリオの本来の姿で、ネクターの力でその性質を抑えていたそうなんだ」


おにいさんがはなしだしたのは、エンブリオのこと。
それも、きょうせいがたとよばれるものについてです。

きょうせいがた。
それはいぜんにすこしだけきいたことがあります。
たしか――おうさまとたたかうときにいたおじさんからきいたような？


「でも、普通のエンブリオも、誰かに執着してしまうと、
　ネクターで抑えきれなくなって、その相手から生命力を奪い始めてしまうことがあるらしい」


けれども、いまはセリィおねえさんのことについてきいていたはずです。
なぜおにいさんはとつぜんそんなはなしをしだしたのでしょうか？
おにいさんがなにをいいたいのか、いまひとつ猫にはわかりませんでした。


「例えば――誰かを強く好きになる、とか」


ざわり。
そのことばをきいたとき猫はけがさかだつのをかんじました。
なんだか――とてもいやなよかんがする。
つまりそれは――










「……もしかしたら、君が、そうなりかけているのかもしれない」












――なぜ？

あくまのちからはおさえられたはず。

それなのに――

じぶんが――おねえさんのいのちをうばっていた？







まるであしもとががらがらとおとをくずれてくずれていくようでした。

あくまのちからがおおきくなりすぎておさえきれないせいじゃない。
じぶんというそんざいそのものがまわりのひとをふこうにして――おねえさんをふこうにしてしまった――

じぶんはやはりおねえさんといっしょにいてはいけなかった？
しあわせになろうなんておもっちゃいけなかった？


ぼうぜんとみつめたてのひらはかすかにふるえていて。
きっといま、じぶんはひどいかおをしているにちがいない。


でも――


みんなが、じぶんがここにいることをみとめてくれたから
きえてなくなりたいっておもったじぶんを、きびしく、やさしく、うけいれてくれた


もう　あのあたたかさをうしないたく　ない


『なにか…なにかほうほうはないのです！？』


なんでもいい。
あきらめるのは、まだはやい。
たとえみっともなくったって、あがいてみせる。
そのさきをつかむために。



すがるように、おにいさんをみつめる猫は――おにいさんのかおがいまにもなきそうになっているのにようやくきがつきました。
なくのをこらえながらといったおにいさんからもたらされたのは、ひとすじのひかり。


「もし、ノースロップと君が、強制型として繋がっているなら……
　強制型のことを解消できるって話してたひとが、この奥にいるんだ」


それは、猫ののぞみそのもので。


「そのうちの一人は、この世界を破壊してやるって言ってたんだ。
　もし負かせることができれば、世界ごと過ごしやすい環境にしてやる、とも。
　……本当にできるのかはわからないけど、たぶん、本気で言っているんだとは思う」


このせかいがこわされるなんて、そんなこと、ぜったいだめだ。
でも――もし、おにいさんのいうそのひとに、かてたなら――？


うつむいてすこしかんがえながらも、それをきいたときには、猫のこころはきまっていました。


『すこしでもかのうせいがあるなら、小生はそれにかけるのです。
――もう、あきらめたくないのです。』


でも、きっと――じぶんだけじゃだめなんだ。
うつむいたまま、もじをつむぎます。


『でも…きっと小生のちからだけじゃたりない。
おねえさんをまもりきれなかった小生のちからだけじゃ…。』


くやしそうにこぶしをぎゅっとにぎって――猫はかおをあげました。
まっすぐにスチュおにいさんをみつめて。


『だから…スチュおにいさん。
どうか…どうか小生にちからをかしてくださいなのです。』


おねがいします、とふかくあたまをさげたまま、おにいさんのこたえがあるまでそのままでいることすこしばかり。




「ロク、僕は『手伝えることがあればいつでも言って』って前に言っただろ？
　僕は君の力になれるならいくらでも手を貸すし、君のためならなんだってできる。
　それに……君が誰かを、ノースロップを不幸にしてしまうなんて、絶対にあっちゃいけない。
　だから、ロク、君が先に進むなら、僕が君の助けになれるなら……僕も、一緒に行くよ」








































じぶんはなにをしていたんだっけ――


そうだ――スチュおにいさんといっしょにおくにすすんで――それで――


ぼうそうしたまえのおうさまにやられて――にげて――


スチュおにいさんはぶじだろうか――？











――？―――なんだか―――あたたかい――？




















猫はまぶしさにうっすらとめをあけました。
いろあざやかなネクターのなかでみえるくろいすがた。

――しんぱいそうに猫をのぞきこむ、セリィおねえさんのすがた。


おねえさん――？



『――ッ！？』



ぼんやりしていたあたまがいっしゅんにしてはっきりとめざめました。


なんで？

なんでおねえさんがここに？


――いや、それよりも――



おねえさんのすがたをみたとたん、猫はなみだがこみあげてくるのをこらえきれませんでした。


『ごめんなさい――！
ごめんなさい――！ごめんなさい――！』


じぶんが、このひとのいのちをおびやかしている。
それなのに――ひたすらあやまることしかできないなんて。











すこしおちついた猫は、おねえさんにすべてのことをうちあけました。


きょうせいがたのこと。

じぶんが――おねえさんのいのちをうばっていること。

さきにてがかりがあること。

スチュおにいさんにおてつだいをたのんだこと。

まえのおうさまとのたたかいにいどみ―――にげてきたこと。




おねえさんは猫のおはなしにいきをのんでいましたが――すべてをききおえたときにはそのかおからとまどいはきえているようでした。

そんなおねえさんに、猫はむりをさせないよう、やすんでいるようにいうべきだったのです。
でも、でてきたことばはまるでちがっていて。





『―――おねえさん、むりをしょうちでおねがいするのです。
おねえさんのちからをかしてほしい…ううん…そばに、いてほしいのです。』




それはとてもつみぶかい、じぶんかってな――――あくまのねがい。

少年達の一歩後ろに立ち、身構える。