腕の中で ゆっくりと目を開いた黒猫の少年に、声をかける。


私は、スチュアート少年の足取りを追う為、天蓋庭園に戻って来ていた。しかし…

新王パラダイスが鎮座していたネクターの大樹から、幾らか進んだ地点。
そこに、ロク君が倒れていたのだ。

驚いて駆け寄り抱き起こし、身体を確かめる。
ところどころ怪我をしていたようだが、命に関わるような傷はなく、ほっと胸を撫で下ろした。


だが……




　　――― ロクが危険な目に遭うのは ―――




彼が、何らかの戦いに巻き込まれたのは、間違い無さそうだった。

意識を取り戻しつつある猫の少年の顔を、覗きこむ。
彼は、目覚めてすぐはぼんやりとしていたものの、私の姿を見るなり、弾けるように…

目に涙を浮かべて……　『ごめんなさい――！』と、謝りだしたのだ。
何度も、何度も。取り乱し、必死の形相で謝ってくる彼。いったい…？

ひとまず、落ち着くように促す。
次第に気持ちが治まってきたようで、ぽつり、ぽつりといきさつを話し始めた。

それは…

その内容は、にわかには信じがたいものだった。


強制型エンブリオ。エンブリオの本質的な在り方。
ネクターと魔神。世界の破壊。

そして…

執着と搾取。ロク君が、私の生命を奪っているかもしれないこと。

時折 嗚咽を漏らし、謝りながら話を続ける彼。聞けば、スチュアート君からの伝聞らしい。
悪い冗談だと思いたかった。けれど、彼が…スチュアート君が、そんなことを言うとは到底思えない。

それに…



　　……君には言えない。君たちが知ったら、あの先に進むに決まってる……。



彼が隠そうとしていたのは、内に秘めておこうとしたのは、このことだったのだろうか…？

スチュアート君から 事の次第を知ったロク君は、2人でなんとか解決しようと庭園の奥に進んだそうだ。
事情は良く判らなかったが、先に強制型の搾取を止める 何らかの手立てがあるらしい。


けれども、王が…　これも信じられないことだが…　前王が立ち塞がったという。
様子を伺いつつ挑んでみたものの、歯が立たなかったらしい。


全てを語り終えた猫の少年は…


『―――おねえさん、むりをしょうちでおねがいするのです。
おねえさんのちからをかしてほしい…ううん…そばに、いてほしいのです。』


ボードを掲げ、助力を請うた。

その震える手を見て、悟った。


そうだ。このことが事実なら、誰よりも辛いのはロク君自身なのだ。

自分が、自分の愛するものの命を、自分の意思とは無関係に奪ってしまう。
自分の存在そのものが愛するものを傷つける、その罪。その絶望。

嫌われるかも、怖がられるかも、憎まれるかもしれないのに…
それを背負って、私に全てを打ち明けた彼こそが、最も辛いのだ。

私が狼狽えれば、それだけ彼を傷つけることになる。
努めて平静さを装い、彼の言葉を呑み下す。


それに、どんな方法であれ止める手段があるというのならば、私は…

ふと気配を感じて顔を上げると、鼠の少年が立っていた。

ロク…と、呟くように黒猫の少年の名を呼ぶ彼の表情は、
苛立ちと後悔が入り混じっているようだった。

悩ましげな嘆息を吐き、ただじっと、こちらを見つめる。


彼が、我武者羅に先を急いでいたのは…
それがロク君の心を気遣ってのことだと、想像するのは難しくはなかった。

彼に、同行を告げる。

もうすぐ、一揆は終わると思っていた。
けれど、それどころではなかった。この世界が壊されるなんて…


何故か、ひどく落ち着いていた。


自分で言うのもヘンだけれど…　たぶん、理解が追いついていないんだろう。
もう、考えても仕方が無い。進むしか、ないのだから。

少年達の一歩後ろに立ち、身構える。