火が燃えている。悪魔たちが躍っている。異形に跪く民たちの意匠を思い出す。幻覚を通してではなく、記憶として。私の幻は炎とは遠いものだ。それは液体に溶かして、水に消え失せた、今はここにない、けれどたしかに消え残らずに作用する溶媒として飲み下される。だから私は現実を見つめている。現在を。そうして旧約された見慣れないエンブリオたちの姿に消されがたい過去が思い出として重なり合う。じゃあ、あんたたちが？　それは誤読だろうか。あの異形は誰だったのか。大廊下を進む間中ついてまわった、あの意匠……

右手の薬指が熱を持つ。そこに横たわるのは今やオルトロス、けれどかつては名も知れない悪魔のエンブリオが、メルンテーゼのそこかしこで見られいつの時にも契約を交わすことができる汎用のエンブリオの一柱が眠っていた。あれと出会ったのは花々の咲く広庭でのことだった。庭の隅にうずくまるようにして言葉なく所在なくただ存在していたエンブリオ、デビル、それは今やオルトロスの火に焼かれてわずかな熱のなかに灰のように凝る。

火によって滅びた世界には灰だけが残る。火葬に消えた母を思い起こす。過去のすべてが私に語りかけている、それは聞きちがいだろう。読みちがいだろう。過去はただ過去で私がそれに意味を付しているだけの、それでも否みがたくあるその叫び声を、旧び切らないあなたからの呼びかけとして引き受ける時、私は応答してここにある。私は火から逃れることができない。過去からも。灰からも。踊るように前へ出る、足を踏み出す、火の中へと紛れ込む。私へと呼びかける世界に応える身振りはあれほど憎んでいた踊りのステップにどうしてかどこか似ている。

少しの間、口を閉ざして考え込む。そうして下唇を噛んでのち、曖昧に笑ってみせた。

オルガの手の中で回るグラスを眺めながら、幾度か瞬く。

あまり納得のいかない風に口を尖らせた。

そういう意味じゃねえよ、と笑う様子には、眉根を寄せて首を傾げた。
それから続く言葉をしばらく黙って聞きながら、
自分のグラスと、断られなければ、オルガのグラスにもワインを注ごうと。

一口。ワインを飲んで、小さくかぶりを振った。
溶けてゆく紫煙を目を細めて眺めながら。