名が無い、名を失う、名を奪われる――　それは私にとって一つの恐怖だった。

　　　　　　　　　　　　　　姿無き風の化身であるエンブリオ・ドレイクを身に縛ったように、
　　　　　　　　　　　　　　またエンブリオ・ジンに名を与えたように、
　　　　　　　　　　　　　　私を私として留めるものを、何よりも私の心が必要としていた。

　　　　　　　　　　　　　　それでいて名を捨てる自由も、常に私の手元にあった。何者でも無くなる選択肢。
　　　　　　　　　　　　　　けれどやはり、少なくとも今は……捨てる気はしない。
　　　　　　　　　　　　　　アシェラッド＝ウィアド・ケーナズ。その名に私があり、友があり、往く道があった。

ばっ！　と差し出した箱からは、耳をすませばカサカサと音がする。
箱を開けなければ投げつけてくるが　開ければ大量のコオロギが飛び出してくる。

ユキが走ってくる。

大きな皿に、クッキーやマフィン、ドーナツ、チョコレート、様々な菓子が並んでいる。

小声で呟きながら、槍の様子を確かめている。

そう言って、くるくるとその場で数回宙返りをする。