蒼の閃光が空間を切り裂いた。コンマ秒以下の刹那の合間に空を走った光は、ソレそのものが『空間』すら抉り取る凶悪な一閃である。雲が、大気が、何もかもがその輝きに蹂躙され一瞬ながら位相がズレる異音が響いた。耳障りなノイズの音色は『世界』そのものが持つ本来の形にあろうとする作用故の強制的な修正が招いた重奏である。その一閃に巻き込まれたならば、余程の存在でなければ自らの形を保つことは難しい。
　しかし、その一撃に対して紅の閃光が全く同時に逆方向から放たれる。空を割る様にして走ったその輝きは、多くの衝撃波で周囲の雲を消し飛ばしつつも蒼の光と真正面からぶつかり合った。まるで数百万の硝子が同時に砕け散る様な音を立てて２つの光は対消滅する。


　風が吹いていた。
　星が降っていた。

　――…その只中に、翼をうち震わせ舞うのは二頭の金竜。






　片方は、言うならば西洋流に近い身体つきをしていた。
　鎧のような甲殻が全身を覆い、そうでない場所も鱗と硬い表皮に守られている。小柄な頭と長い首、重厚そうな両の腕と後ろ足。腰元から展開される一対の皮膜翼には真紅の輝きがまるで葉脈か何かの様に独特の形状で光を走らせている。

　片や、相対するのは少し小柄な竜であった。
　一番近い形状は飛竜《ワイバーン》などと人間が形容する竜種だろうか。前足と同化している主翼は大きく、その所々に頑強そうな甲殻が垣間見える。全身を微細な鱗が覆い、後ろ足は小さいながら鋭い爪を覗かせていた。長い尾の表面もまた甲殻に覆われてはいたが、もう片方の竜よりも幾分細い。その分、鞭のようにしなやかにしなる様子を見せる。

　全く形状の異なる二頭の竜。
　どちらの頭頂にも揺れる二本の触角と真紅の竜角だけが、この二頭が同種なのだと認識出来る数少ない相似点であった。



　次元竜。
　数多の『世界』間に存在する狭間にひっそりと生息する希少な竜種。
　そのうちの二頭が今、本気のぶつかり合いをしているのである。





　何度目かになる打ち合い。
　応酬されるのは一般の竜種のものよりも凶悪かつ恐ろしい一撃。
　どれもが、通常の生物がまともに喰らえばまず生き残れない必殺の一撃である。

　例えばそれは空間圧縮を局所的に圧縮させる事で生じた断裂に相手を巻き込む様なものであったり、或いは一部の空間を書き換える事で恐ろしいまでの高温や低温または超重力などをピンポイントで叩きこむようなものであったり、または無限に変容する亜空間に相手を放り込みそのまま空間ごと圧殺する様なものだった。

　たとえ同族であろうとも、そんなものは直撃すればただでは済まない。本体こそダメージを受けることは少ないだろうが、『器』側が完全にイカれてしまうのは言うまでもない威力がそこには秘められている。勿論、破壊されたものを再び再構築することは難しくはない。しかし、それを行うならば大きな隙が出来るのは確実だ。
　故に、両者は互いの一撃に対して相殺可能な一撃を返すことで均衡を保っているのである。



　――…しかし、



　度重なる攻撃の合間、西洋竜型の金竜の翼がふらりと一瞬揺らぐ。
　本来ならば二対の翼でもってその全力を振るうのが次元竜だ。『翼』とは言わば出力器。その器官を通して自らの意思を『場』に浸透させ全てを書き換え、望む現象を引き起こす。しかし、西洋竜型の金竜に翼は一対のみ。しかもそれは主翼ではなく副翼。開放出来る力の限界は明らかに劣ってしまうのである。
　それを技量によって対等の形にねじ伏せたとして、長時間は持たない。言わば超過駆動を続ける機械と同じだ。無理をすれば、その反動は身に跳ね返る。


　相手の攻撃を無効化すること何度目か。
　――…ほんの一秒にも満たない、それは確かな『隙』であった。



















　蒼光を宿した翼が煌きを帯びた。輝きを視点として長大な帯が伸びるかのように相対する竜の元にまで空を一瞬光が走る。次の瞬間。音もなく、空間そのものが破砕された。まるで透明な水晶に限界以上の圧力を全方位からかけた時にも似た罅割れが縦横無尽に走り回ったかと思えば、時を置かずして巻き起こる爆発が周囲に轟音を響かせた。
　ある一定の領域を指定し空間そのものを強制的に歪曲させ、一気に解放した時の反動に伴なう猛烈なエネルギーの余波を利用、対象範囲内にある物体を伝導を無視して無差別に破壊するという恐ろしい一撃。





　ほんの一瞬の隙を逃さず放たれた、次元竜の能力を最大限に活用した『空間爆砕』。
　その一撃が西洋竜型の金竜を空間ごと吹き飛ばしたのと、彼の竜の意識が途絶えたのはそのコンマ数秒後の事だった。

貴方のもとに聞き覚えのある名を発し、手紙を持って来たエンブリオが居る。貴方は無視してもいいし構ってもいい。

小首を傾げながら、他の世界ってどんな感じなんです？とつぶやく。

どうでもよさそうに、そう言い捨てる。

　なんとなく広大な大陸かと思ったが、それは意外であった。
　ならば続く窮屈という言葉も頷ける。

　その国のニンゲンは何かしら見抜く能力に長けている種族なのか、もしくは竜を狩る事を生業としているのか。と思案をめぐらせる中、その協力者へと深く感謝した。

　なんだか違うものを想像している。そう聞くと、意外そうに顔を上げて、

　何故だろう。クライ殿が笑っているように見えるが気のせいだろうか？

　そして笑みのあとに語られた言葉は、さらに衝撃的な真実だった。

　確かに耐久性は格段に良いだろうが、そんなものが水に浮く姿などとても想像できない。
　さらに極めつけは四角い箱の中への居住やら、遠方との通信手段……。これにはもう、頭がほとんど追いついてこない。

井の中の蛙ならず、井の中の蜥蜴状態である。

思いの外、あっさりと気を沈ませた男の姿にこちらも驚いて。
きょとんとした表情で、男の顔を見直す。

気まずい話題を逸らそうと、思案の姿勢。
その時、ぺたんと伏せられた耳が目に留まり。

クライカリオスの服に手を伸ばし、捲ろうと試みている！

ぶしゅ、と不機嫌そうに黒煙を噴き出す。

それから、顕現した金竜を見上げれば感嘆の声を漏らした。

じっくりと観察する興味深げな視線。
見上げているだけでは飽きたらず、翅を広げて飛翔して接近してくる。

ひとしきり眺めて満足すると、翅を閉じて地面に降り立った。

無言で銀銃を両の手に。
その表情は、何時に無く厳しい。

倒れ伏す敵には見向きもしない。
エンブリオを喰らえば、さっさと場を立ち去るだろう。

立ち止まっている時間は、青年にはないのだ。

見つけた何かを拾い上げる。

人の気配に、青年の瞳が細められた。
見定めようと視線を向ける。