わずかな残骸以外は生活の気配のない、荒れた砂地を歩む。
　つい先日まで屋内を歩いていたこともあって、やけに日差しが強いと感じる。生活の匂いがないという位しか共通するところはないが、これはこれで気が滅入る光景だ。
　それでも、久しぶりに来た割には、砂地の行軍は順調な方だった。魔女の提供してくれる水に加え、以前より水のエンブリオの力を多く持つに至ったことが大きいのかもしれない。
　相変わらず、どこからか元気が湧いて出る白虎が足元をうろつき、槍に巻きつくようにして海の戦士が周囲を漂う。
　自分だけでなく、無言で歩く少女の周囲もまた、つめたい元素に満ちている。むしろ、自分よりも多くを従えてすらいる。
　無論、水分の補給を怠ることは出来ないが、心の余裕というものは大事だ。

　果てない砂地の向こうを見る。
　ここよりも向こうに、確かに、居るという存在の話を思い出す。
　今すぐ立ち向かうことはないだろう。だが、あれは研究所のあの男と同じか、それ以上に、捨て置けない。

　一揆が詰めに入っているという噂が流れている。城の奥にあるという、ネクターだけの空間。独占されたネクターと、利用されているというクローンエンブリオ。守護者たる黒騎士の奇妙な技。
　自分達は調査隊であり、一揆そのものには第三者に近い。とはいえ、こうして進攻しているだけで、既に無関係とはいえない。料理や作製などの生産を通した利益も含めれば、尚更だ。
　さらに、一揆に決着がつくというときは、『調査』するにあたっての、時間制限のひとつだ。鍵の塔においてはこれからも探求は続けられるだろうが、アプローチの仕方は変わることが予想される。メルンテーゼの変革は、そうした意味でも他人事ではない。

　すべては有限だ。ならば、その有限の中で、行けるところまで行くしかない。
　最初の一歩を踏み出してから、一月と少ししか経っていないことが、少しだけ信じられない。
　あの頃は、城内に入ることすら、『そんな未来など来るのか』と疑問であったのに。
　一月と、すこし。数字にしてしまうと、全てがそこで小さくなってしまうようだ。

「待つのじゃ、ラズ坊や。少し、水分を取った方が良い」
「はい……？」

　縫いとめるような声に振り向くと、魔女が溜息交じりに水の袋を差し出していた。
　言われるがままに少し口に含む。そんな自分の様子を見てから、やれやれと溜息をついた。

「あれこれ考え込みすぎておったろう？　歩みが、均一になりすぎておったぞ」

　魔女の言葉に、目を瞬く。確かに、色々と。あまり役に立たないことを思って、考えてはいたが。

「おぬしは、考え込むとかえって動きが単調になる。……そろそろ休憩にせぬか？　わしには此処は、ちと難儀じゃ」
「そう、ですね……。言われてみると、疲れているように思います」

　きっと、人形めいた動きになっていたのだろうな、と思う。
　思考と行動が離れすぎて、ただ歩くために歩くような足取りだったのだろう。
　日陰になるほどの人工物も残ってはいないが、それでも辛うじて出来た地形の陰に、エンブリオの力を散らして、簡単な休憩場所を作り出すことは出来そうだった。
　手早く冷えた清水を支度した魔女が、少年と少女の方にも差し出していた。
　やはりこの環境が堪えていたのか、辟易とした様子のふたりがそれぞれに腰を下ろし、水分を摂る。

「磨耗しそうな土地ですね」
「すべてが恵み豊かな土地とはゆかぬよ。……城全体から見れば、このような土地は少ないようじゃがの」

　脳裏にいくつかの地名を思い浮かべ、頷く。
　確かに、今判明している限り、ここまで荒れているのはここともう一箇所くらいのものだ。

「大した王城だな」

　溜息のような言葉を漏らした少女が、もう一口、水を口に含む。
　忘れそうになるが、この場所も、外から見れば『王城の一部』であり、『周辺』ではないのだ。
　近道を交換する、という需要と供給があっても、すべてを回るに至れるかは疑問だ。現在の王もだが、前王であったとされる存在も、やはり只者ではなかったのではなかったのだろう。これを統治していたというのだから。

「……ここでは鍋料理は、厳しいですよね」
「…………坊や」
「……いえ、今、しみじみと実感しただけです……」

　首元に氷の針を突きつけられた気がしたのは、きっと気のせいではない。
　自分も断じて、この土地で鍋料理を行う気力はない。やれと命じられれば話は別だが。

「鍋物は献立にしやすいので、重宝するのですが……ここではさすがに……」
「夜になれば幾分かはましになろうが……今はそれ以上口に出すでない」

　悪気がないことは伝わったようで、魔女の気配が再び和らぐ。
　相変わらずうろうろとしていた白虎が、ぐったりした少年を見て、こちらを見やり、珍しく悩むそぶりを見せる。
　行くように、と思えば、意図を汲んだ白虎は、少年のもとへ向かった。
　普段のようにじゃれつくのではなく、前足で軽くつつくようにして、少しずつ冷気の加護を送っている。

「たくあんの人……すごかったんですね……」
「そういえば、そんなこともありましたね……」

　ここと大差ない荒地を思い出し、空を仰いで。思わず、溜息が漏れた。
　確かに先日、つめたい建物から出たいと思っていた。思ってはいたが。昨日の自分は、この状況を予想はしなかったろう。


　せめてものなぐさめは、調査隊の女性が貰ったという魚の存在だろうか。
　いわゆる元素を秘めたものではないが、稀に見る良い食材だ。量も、調査隊全員で分けるのに充分だった。後日、丁重にお礼を伝言しなければなるまい。

「早く合流したいですね」

　言葉は思ったよりも力なく、それでも先ほどよりはましな音量で、砂地へと消えた。

（手袋を着用する