生首が落ちていた。
「あなたの魂と肉体は、これより私に呪われるのです」
　それ
　生首に語りかけるのは、夜のように黒い法衣を身に纏った司教だった。彼は黙して答えぬ生首が、まだ生きてでもいるかのように微笑んだ。

　――何故、こんなことになってしまったのだろう。
　一人の男が、司教と生首の対話（一方的な独り言ではあるが）を前にしてそう思った。

「おや？　お早いお目覚めですね」
　司教は男に慈しむような笑顔を向け、そう言った。

「…………」
　しかし男は言葉を紡がない。ただ無言で体を起こし――司教に殴りかかった。
　放たれた神速の拳は、司教の顔面へ見事に命中する。しかしその刹那、男は掌の感覚に違和感を覚える。

「お元気のようで、何よりです」
　人形のように張り付いた司教の笑顔が、殴打されても尚保たれているのだ。

　拳が、灼けるように熱い。まるで炎の中に手を突っ込んだかのようだ。
「――……！」
　慌てて手を引っ込める男だったが、既にその熱量は全身へと広がってしまう。殴られた司教は涼しい顔をしているが、殴った男は苦しみ悶えている。
「効くでしょう？　痛みの因果を逆流させる、この力は」
　男は悟る。悟らされてしまう。
　――この司教には、敵わない。逆らっても無駄なのだ。
　それでも男は、意思の力だけで二度、三度と司教へ向け拳を、蹴りを放つ。
「そんな無駄なことをするなんて。暇なんですか？」
　平然とした様子で肩を竦める司教に、膝から崩れ落ちる男。両者の力関係は歴然だった。
「…………！」
　声にならない叫びを上げる男。

「もっと楽しみましょうよ。辛い思いをするのはもう嫌でしょう？」
「……、……」
　司教は地面に落ちた生首の前に屈み込むと、血の滴る断面を撫で上げ、地面に向けて押し込んだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 、、、、
「無駄なことに拘るのは辞めましょうよ。――もう、あなたの首もないんだから」

　――男の生首は、ぐちゃりと音を立てて司教に押し潰された。
「…………！」
　デュラハン
　首無し男には目がなく、口がなく、耳がなかったが、不思議と周囲の状況を把握することが出来た。激昂し司教に襲いかかる男だったが、結果は何度やっても同じこと。放たれた拳はまるで反射するように、男を焼き尽くす。

「あなたは生まれ変わったのです。私の可愛い、駒として」
　ラズロ
　司教の掌は、男の首から流れた血で真っ赤に染まっていた。

　――何故、こんなことになってしまったのだろう。
　首の無い男には当然脳髄が存在しなかったが、何故か過去の記憶を思い出すことは出来た。



　　　　†

　おれは、エリートだったんだ。偉かったんだ。
　ラ　ズ　ロ
　死霊術師の人形になんて、なるはずがなかったんだ。

「異常無しで有ります！」
　警備の報告をこうして行っていれば、それだけで昇進出来る。
　それが貴族の家柄として生まれたおれの特権だったし、それを当然のこととして受け入れてもいた。

「オゥ。お前、ちょっと良いか」
　“いつも通り”を崩した男――ラケルト隊長は、飄々とした様子でそう呼び止めた。
　おれはそもそも、この男が嫌いだった。脚を組んで煙草を吹かす姿を見る度、「おれはお前より偉くなるんだからな」と心の中で悪態を吐いていたくらいだ。
「……何ですか？」
　だから心底不機嫌そうな声でそう言ってやったのさ。
　だがラケルトの次の言葉を聞いた時、おれは“今日”と言う日が、不機嫌なんてもんじゃ済まされないってことに気が付く。

「――お前、打ち首な」
「は？」
「打ち首。解るかァ？」
　言っていることは解るが、言っている意味が解らなかった。

優しいなどと言われたのは何千年ぶり、いや初めてかもしれぬ、と思う。

答え合わせをしようではないか。そう投げかけた