刀が弾け、体躯が揺らぐ。

渾身の一撃は幻に吸い込まれ、地に沈むは己が身体。

何一つ届かず、何一つ変わらず。

ただ横たわる己が矮小さに、全身の力も奪われた。


伏した身体に、暗き言葉が投げ掛けられる。

吐き出される様に発せられたソレは、不似合いに遠く。

……ようやく、耳に届いた音は。

明らかな怒気を含み、弾けた。

自らの状態を、確認する隙すらも無く。

力任せに胸倉を掴み上げた男が、挑発する様に囁く。

強く握られた外套が首筋を圧迫し、呼吸を阻害して。

高く舞い上がった我が心は、既に無い。

ようよう搾り出した言葉にも、眉間を歪める。

さながら握り拳を作るが如く、怒りが湛えられている事が分かる。

ひゅうと、喉が鳴る。

堰き止めていた感情を、全て押し流すが様に。

まるで感情そのモノで、殴り付けるが如く。

ずしりずしりと確かな重みを以って、口から言葉が吐きかけられる。

思い切り突き放された体躯が、地の上で弾み転がる。

受身など、取れようはずも無い。

胃の中身を全て吐き出せど、一向に自由は戻らない。

今、己が目前で膝を付いた男が投げ掛けるモノ。

ソレが、憎しみを言うのだろう。

そうでなければ、こうも語気を荒げる事などあろうか。

我の得たモノは、全て見当の違うことで有っただろうか。

この土地に来たりて、初めて若き人の子と深く言葉を交わした。

ソレは我が知ってより、花冠が唯一心を許す存在であり。

その糧の在り処を、我も掴めた様に思えた。

だのに。

何一つ、至らぬ。

この男は、毛の一本とて我を望まず。

恐らくは……我の伸ばす腕の一筋ですら、また――。

刹那、幾度も激しく咳き込んで。

男の口元が、黒に染まった。


――あ……


ごぼりと、濁った粘り気のある液体が口端から漏れる。

さながら、溢れ出る血に溺れる様に見えて。

体躯から、ばぎりぼぎりと常ならざる音。

何かが蠢き、歪ませ、男の身体を蹂躙している響きが。


よろめいた身体は、力なく傾いで。

そうして伸ばされた腕は、確かに此方へ。

花冠の身体が、そこに倒れた。


呆ける。

見張る。

また呆ける。


意識を戻した脚が、地を捉えようともがく。

腰の脱力が、腿と膝の尽力を台無しにする。

上半身のみが、主の身体を起こす。


見遣る。

刀へ手を伸ばす。

杖として突き立てる。


地摺り、地摺り、花冠の傍へ。

何処か、此処でない何処かへ運ばねば。


外套を、その背に縛り付け。

よろめきふらつき、安らげる場所を探す。


彼の日と同じ、背負った男の身体は。


あれから随分と、重くなっていた。

贅沢な奴だと言われれば、逆にそれを誇るようにふふんと笑った。

挑んでみればどうか、と提案されれば、ぽかんとした顔で女を見上げ、次いでその視線は隣にある龍へ。

龍はひとつ首肯する。人の姿の存在に対して。

相手の様子を窺いつつ、構えを解く。
球体達の動きが止まり、ただの浮遊する物体へと戻った。

軽く一礼して踵を返し、その場を立ち去ろうとした…が。
一度立ち止まり、振り返らずに口を開く。

それだけ言い残すと、今度こそその場を去っていった。