◆ Intermission　→side:A



グリムドールの小さな花屋を手伝う娘のもとに、一人の客がやってきました。
長いローブで表情を隠した男は、おそらくきっと何か事情でもあるのでしょう。

「……私は、花を選ぶ審美眼は持ち合わせていなくてね。
　お嬢さん、悪いけれど、適当に見繕ってくれるかな。」

「は、はいっ！予算はどれ程でしょうか？」

「ふむ……、これでよいかな。」

「……えっと……その……。」

花屋の娘が狼狽したのも無理はありません。
男に手渡されたのは、平民の田舎娘など、見たこともないような高額の金貨だったからです。
それも、三枚も。

「い、いけません、こんな……、お店のお花、全部合わせたって届くかどうか……。」

そう言いかけて、娘が気付きます。
男の着ているローブの生地は、娘がこの小さな花屋で十年働いても買えそうにない、上等なものでした。

きっと、この男はお忍びの貴族か何かで、これから秘密の恋人の許へと向かうのだろう、
そして、そのための花束を、ここで買っていくつもりだったのだろう。
そんなアバンチュールな妄想が、娘の脳内で展開されてゆきます。

「そ、それじゃあ、一枚だけ……。」

娘は遠慮がちに、金貨を一枚だけ受け取るのでした。
ガラスに仕切られた高価な花をふんだんに使い、普段は使えないレースの紙に、フリルのリボンを巻いて。
娘の考えうる限り豪華な、それでいて品位を欠くほどのけばけばしさもない、素敵な花束が作られてゆきます。

「ふむ、気に入った、やはり君に頼んでよかった。」

しかし、いくら豪華とはいっても、その花束は受け取った金貨の半分にも届きそうにありません。
そんな娘の様子を汲んだのか、

「突然無理を言った手間賃とでも思ってくれたらいい。
　お嬢さん、ありがとう。」

晴れやかにそう言うと、ローブを翻し、男は去ってゆきます。
受け取った金貨を握り締め、娘は呆けたように、その後姿をいつまでも見つめているのでした。



　+ + +



眩暈がする程の血と薬の匂いの立ち込める地下室に、一人の男が現れます。

「ただいま。」

ローブを目深に被り、手には大きな花束を抱えた、かつて『お父さま』と呼ばれた男が、
地下室の奥に配された、大きな解剖台にも似たベッドの上で眠る『何か』に、愛おしげに語りかけます。

それは、どこまでも異常な光景でした。
かつての艶やかな黒髪など見る影もない、溝鼠色にくすんだ髪。
病的なまでに白かった肌も、今は干乾びたような土気色をして、
そのあちこちに百足ののたくったような縫合痕が目立ちます。

そして、この屋敷の主人ともあろう男が現れ、娘だった何かに話しかけても、
何の反応も示すことなく試薬や文献を睨み続けるたくさんの生きた人間が、この空間の異常さを際立てているのでした。


「……進展は、どうかね？」

男が、周囲の生きた人間に向けて、呟くように問いかけます。
その声色は、先の花屋や娘の屍体と話すときのような温情は一切感じられません。

「……身体だけなら出来ている、動かせと言うなら、すぐにでも。
　……だが、わかってると思うが、それはただのフレッシュゴーレムに過ぎぬ。
　我々など使わなくとも、その程度の肉人形、そこいらの三下術師にでも創れるだろう。」

「……私が貴様らに依頼したのは、『私の娘』のはずだが？」

「存じていますとも、ただ、その為にはまだまだ足りないものが多すぎる。」

「……贄が足りぬと言うのなら、いくらでも用意しよう。
　この子以外の小娘の命など、何匹潰しても構わんわ。」

「おぉ、嫌だ嫌だ。私ならあんたのような領主の領民には、死んでもなりたくないねぇ。」

「……ふん、ほざけ。
　魔術の才能がなければ、真っ先にあの石の餌にしているところだが、
　生憎、娘の魂に貴様のような不純物が混ざるのも癪なのでな。」


到底、辺境伯に向けるとも思えない尊大な態度で、術師が言います。

「あの石を媒体とした時点で、私の娘でもあるのでね。
　……そういうことだ、私としては仲良くしたいところなのだがね、『お父さま』？」

これ以上言葉を交わせば、何をするかわからない。
そう判断したのか、男は奥歯を噛み、地下室を後にします。

解剖台の上の少女の傍らには、豪華な花束が、活けられることなく残されていたのでした。

少し背伸びをしてミオさんの頭を撫でて。

一抹の不安を感じながらも、それを口には出しません。
ただ、ミオさんの不安を消したいと思って、その髪をそっと撫でます。


+++

そんな言葉とともにアムルが目を向けた先には、ベッドの傍のスツールの上にちょこんと小さな蜘蛛。

ミオさんがアムルの視線を追ってそれを見つけると、慌てるようにそれは逃げてしまいます。

それきり小さな蜘蛛は姿を現さず、そのまま隠れたきりです。

アムルはかまわず、本の中のお話を続けます。
時々、ミオさんの頭を撫でるのは、自分が奏されると安心するからです。

そんな風に、物語は終わるのです。


+++


順番を変えて。夜のできごと。

しばらく、じっと考えるように口を閉ざして、異形の怪物となったミオさんを見ます。
そうしてから、フードをあげてその下に隠している目を剥き出しにして、目の前まで歩み寄りました。

そろそろと両手を伸ばして、今のミオさんに触れようとします。

そう言って、アムルはミオさんを抱きしめようとしました。

それは、ミオさんを信じているのかもしれないし、大きな勘違いをしているのかもしれないし。
もしかしたら、ただ、自分の中にある、怪物の声を止めたくて、そうしようとしているのかもしれません。

ねくろまんしー

泥に興味深々