今日はヴァルさんが傭兵としての力を示さなければならないらしい。
　　　　　　　　　　なぜヘクターさんに？と思って尋ねてみると、
　　　　　　　　　　彼はメルンテーゼ北方、フリント領主ブレイズバース家の嫡男、
　　　　　　　　　　つまり貴族の人間なのだとか……知らなかった。

　　　　　　　　　　確かに雇い主として申し分ない。
　　　　　　　　　　話によればフリント領は小規模ながらよく治められており、
　　　　　　　　　　外部からの侵攻さえなければ、ヴァルさんの望んだ条件の仕事が出来るのかもしれなかった。

　　　　　　　　　　彼もまた、奥底に滾るような熱を秘めるヴァルさんや、
　　　　　　　　　　闇に揺らめき静寂の内に言葉を授けるナスルさんとは異なる火を宿している。
　　　　　　　　　　年若く、しかし周囲の人々を広く、明るく、安らぎを与え――そして平等に照らし出す大きな篝だ。
　　　　　　　　　　遠くにいる者はそれを目指して訪れる事も出来るだろう。
　　　　　　　　　　今、王座に近い場所にいるのは律法騎士団と言われているが、
　　　　　　　　　　民の望む王の素質を持つのは彼なのではないか、とさえ思う。

　　　　　　　　　　けれど……そんな事は想像に過ぎず、
　　　　　　　　　　人々が真に愛するのは”フリント次期領主の”ヘクターさんなのかもしれない。
　　　　　　　　　　或いは、一個人としての。
　　　　　　　　　　私は王城周辺以外のメルンテーゼを訪れた事は無い。
　　　　　　　　　　もし戦が終わって、ほんの少しでも余暇があるなら、いくつかの旅をしてみたいと思った。
　　　　　　　　　　特にワインは、その生まれた土地で飲むのが一番美味しいと兄もよく語っていたものだから。

ヴァルの姿が見えるとすぐに駆け出し、小さなカマドウマを投げつける。

影は俯いて少し額を擦るような仕草をした。言葉を探すような間が空いた。

チリチリと夜の底の空気が冷たく冷えてゆく。影は少し子供じみたように拗ねた様子だ。

そう言いながらアーシェの周囲をくるくると回り、しげしげと眺める。

小さなトカゲの姿が揺らぎ、陽炎のように大きな竜に似た者の姿が一瞬だけ見える。

そう言うと、すぐに陽炎は消え、元の小さなトカゲがはっきりと姿を現す。

槍をくるっと一回転させて構える。