「何故、こんなことになってしまったのかしら」

　ラフィン・F・コッポマンは十字架に磔られながら、ブロンドのポニーテールを揺らし独りごちた。

「これは報いなのかもしれないわ」
　あの日あの時あの場所で、もし違う行動を取っていたら。きっと物語の筋書きは、大きく変わっていたに違いない。
　月の光も射さない、薄暗い地下室の中で。彼女の頭を、そんな考えが支配していく。

「悔いても意味がないことは分かっている。だけど」
　この部屋に監禁されて、もう二週間以上になる。
　食事は点滴により血が与えられ、世間から完全に隔絶されてしまった。

　こんな場所では、後悔と――

「ごめんね、ノエル」

　――回想くらいしか、することが無かった。



　化物狩り組織《ブルークロス》、会議室内部。
　その時ラフィンは何人もの幹部たちと共に、ホワイトボードの前に立つ男を冷ややかな目で見つめていた。

「今回の《人造始祖抹殺計画》。成功するよ」
　そうお大見得を切った男の名は、ヴィルヘルム・エヴォル・メダルドゥス。
　研究者上がりの《フリージア》幹部でありながら、組織を裏切り《ブルークロス》に情報をリークしている男。
　ラフィンは彼の一挙手一投足が、何もかも信用出来ないと感じていた。

「《始祖》ことカーミラは、メルンテーゼに召喚されることが決定した。
木を隠すなら森の中。メルンテーゼには数多くのサンプル、人造悪魔が集まっているから、丁度良いと考えたようだね」
　エヴォルがそう言ってホワイトボードを思い切り叩くと、ブカブカの白衣がひらりと揺れた。
　彼は見た目こそ幼い少年のようだが、その肉体は魔力により変質させているらしかった。

「メルンテーゼに行くことは予想されていた。しかし、何故それが実験の成功に繋がるのだ？」
　私の横に腰掛けていた、スキンヘッドの男が問いかける。
「――カーミラの召喚位置を、《フリージア》に気が付かれないようズラすことに成功しました」

　おぉ――、と。会議室の中がどよめく。
　スキンヘッドの男も納得したように頷いた。
「それが本当なら、監視の目を欺いて《始祖》を抹殺することも可能か」
「えぇ！　監視役のラウラ・レ・ファニュは魔力感知を得意とする吸血鬼だけど。この方法なら、カーミラの出現地点を補足し、たどり着くまで相当な時間がかかるはずだよ。その前に――」

　エヴォルを除いた全員が、息を飲む。

「《集合的裁断の原理》を、ぶつける」

「――言っている意味が分かっているの？」

　ラフィンは思わず立ち上がり、叫んでしまった。
　しかしエヴォルはそれを予想していたらしく、へらりと粘着くような笑みを浮かべて肩を竦めた。
「危険過ぎる、でしょ？　分かってるよ、トーゼン。アレの調整にはボクも関わったからね」　

「分かっているなら――」
「――分かっているからこそ、だよ。《集合的裁断の原理》なら、仮に敗北しても、カーミラを抑え込むことが出来る。
それとも、何のリスクも負わずに、今回の《始祖計画》を潰せると。本気で思ってるの？」

「……、……」
　押し黙るラフィン。
　他の幹部達も戸惑ってはいるようだが、異論を唱えることは出来ないようだ。
「カーミラが勝利した場合、強制契約の発生により弱体化が見込める。
これが他の、例えば吸血鬼を暗殺者として送り込んだらどうなる？　ソイツが負けたら、カーミラに血を吸われてその魔力は更に膨れ上がることになる」

「ノエル――、……いえ。《集合的裁断の原理》が勝利出来る見込みは、どれくらいだと思っているの？」
「三割、って所かな。単純な実力でいっても、あれはかなりの手練だし」
「…………」

「他に何か、異論があるのかね」

　最高幹部の一人が、起立したままの私に問いかける。

「……、いえ。……それで。化物を、殺せるなら……」







（……ま、ノエルが勝利する可能性なんて、ホントは万に一つもないんだけど）
　ほくそ笑むエヴォルの様子に、この時ラフィンは気が付きもしなかった。


　　　　†
　ラフィンが始めてダンテック・ノエルと邂逅した時、最初に思ったのは“この男を殺さなくては”という感情だった。

「あなたが、新しい世話係の方ですね」
　礼儀正しく頭を垂れるノエル。
　しかしその、くすんだ灰色の瞳を目にすると、ラフィンはその行動を“擬態している”と感じた。
「そうよ」
　だから彼女は、ノエルにあまり干渉するつもりはなかったのだ。
　眼前の化物は明らかに殺すべき存在だし、同時に明らかに自分の憎むべき存在でも有ったのだが。仮にもノエルは組織の造り出した兵器である。（この兵器実験すら、ラフィンにとって不本意なものであったが）

　殺したくとも、無闇に殺す訳にはいかない。
　――この言葉を聞くまでは、そう思っていた。

「僕を、殺してくれませんか？」