あの日、確かにわたしは翼を失ったのだ。
願うよりも残酷に。
呪うよりも愛しく。
確かに。




手を引かれる。そのことに不思議な戸惑いと、そしてどこか落ち着きと、また高揚感を感じる。オルガの誘う広く高く、高いその音の発せられる場所に彼女は、一歩を踏み入れた。残響。彼女のヒールの楔の音、ふたりの道行く、彼女の思う振子の合間の規則性を見出されたその中に。視線が巡る。彫像。それからステンドグラス。静寂。静寂、残響、静寂。高い天。彼女の足音が打ち付けられ、直線で残響し、高みに上り、増幅し、そうして消える。
吐息。瞬き。唇が動く、音のない声。（ああ、うるさい……）胸に置かれる美しく手入れのされた、手。僅かにこめられる力の隆起。頬に散る薔薇の、色。（わたしの鼓動がやまない）（死んでしまいそうなほど、）

（ああ、墜落してしまう）




その礼拝堂へ行く道はオルガが見つけた。先に行くと、騎士の中に消え――そして、彼らに見つからずしてその先へ進める、と彼女たちの目の前に現れ、手を引いた。現れたオルガ、だれか変身術の使い手――そんなエンブリオがあるかどうかも知らず、過ることもなく、ただ、歩みを進めた。手を、引かれて。純粋に、そこに彼女の意志は、なく。

オルガに誘われ、彼女は行く。行先を知らない。この一歩を踏み出した先、羽ばたいた先がどこに続いていくのか。彼女はそれを知らない。知らない道をゆくことを、望んでいるのだろうか。それはあの日、彼女の選択の帰結だ。流れゆく先を知らないまま飛び立つということを恐れているわけではない、ただそれを彼女はしてこなかったというだけだ。
今一度、彼女はオルガの手に引かれ、廊下の先を進む。恐らくは、彼女にとってはどこか懐かしく、そしてあの日以来に、委ねる。

知らない場所へ委ねられる。彼女の知るのは、巡り廻るありふれた日常に身を任せること、あるいは、彼女の意志の道行に進めること。そのどちらかだ。あの日以来、彼女の中にはそれを彼女が選んでいるのだ、という意識が住み着いている。庭に暮らすことも。一揆に参加することも。城内へ足を進めることも。オルガの提案があり、先立ちがあるけれども、それでも彼女は彼女自身で行先を選択し続けていた。傍らの彼女の父とは明確に線が引かれることに。
不思議な、感覚だった。水に流されるように（彼女は少なくともその感覚を知らないけれど）、風に抗えないように、指先に電気が走る様に、歩み、一歩ずつの胸の高鳴り、少しばかりの混乱、そうして高みに少しづつ昇ってゆくような、その。

そして広がる大礼拝堂の、その空間。息が、とまる。血が逆流する。ウイルスがすべて滅び、翼が彼女の肩甲骨に宿る。そんな夢を一瞬だけ見る。赦されるわけはない。もう飛べないのだ。それでも、宙に煽られるその胸の躍るせり上がる感覚、感情、けれどどこにもゆけない、それであれば美しいまま。そう、美しいまま。

ああ、どこか遠くで錠の落ちる音が聞こえる。鳥籠の音かもしれない。ここはどの世界で、自分はどれほどまでに美しいのか。（翼を失って、なお？）

また、彼女の意志で、この礼拝堂に一歩、反響が散る。