甘やかせば搾取され、厳しくすれば反逆される。

　大廊下。先の見えないこの戦のようだ。
　初めて来た時も、あまりに長く広いこの場所に一瞬慄いた記憶がある。
　改めて彫像を見る余裕こそ出来たが、ますますに不気味でしかない。

　異形に跪く民。さもこの地を支配していたのは、
　人ではなくそれらであることを示唆するように。

　エンブリオとは何なのだろう。
　無意識の内に過ったのは、そういった考えだった。
　いや、この存在に罪はない。

　私は彼らを信頼してるし、また彼らも私を、
　うーん。信頼してる、のかな……。
　如何せんどいつもこいつも自由過ぎて、契約の意味があったのか疑わしい。

　従順なのは、常に我が身を案じてくれるブリギットとシツジぐらいだ。
　ユニコーンに至っては一目見て以降、尻尾の一つすら見せていない。
　他はネクターを欲しがるか餌を強奪しに来るぐらいじゃないか。

　まあでも、動物ってそんなもんだよな。
　でもいつか寝首を掻かれるのだろうか。
　多少の心配ごとだ。

あからさまに動揺するナスルに逆に驚いて

突如現れた小動物エンブリオ達に思わず半歩退き

先程まで自身より小柄のナスルの目に向けて下ろしていた目線を
明らかにその上、テクノな動きをする色鮮やかな鳥を凝視し

柄シャツの袖を捲り火蜥蜴と岩牡丹の刺青を見せ

魔術の手解きの快諾に思わず頬を緩ませ

ナスルより頭一つほど大きい、人相の悪い大男が何か大きな袋のようなものを手に提げて、のっそりと歩いてきた。
手足には鋭く頑丈そうな爪、目元や体のあちこちに、鈍く光る鱗が生えそろっている。

男は不器用ながらも、礼を伝えたいようであった。

と、苦笑いをすると、ちょっと待っててくれ、と一言。
それから手元に掲げた袋からなにやら保温器のようなものを取り出し、蓋を開けると、そこには真っ白なご飯が。
どうやら炊き立てのようである、つやつやと光る白米を丁寧に杓文字を使って上品な茶碗に盛り付けると、その上に、
手にした小瓶の中にぎっしり詰められていたイナゴの佃煮を、いくつか箸でつまんで乗せた。

疑問符を浮かべる度に　ぴここっ　ぴここっ　っと左右に揺れる耳尻尾。気になる･･･

まったく魂胆の伺えぬ笑みの隙間から、
思惑の見えぬ息が かかる。

指先でサラマンダーを撫でながら、笑みを漏らす。
動じず、感情もあまり出さない所は、
主にそっくりではないかと一人考え、更に頬が緩む。

ナスルの言葉に注意深く、耳を傾ける。
魔術、魔力、妖精、呪い…。

剥がれ落ちるナスルの頬を見れば、表情は痛ましいものへとかわる。

小首をかしげたが、直にナスルの眼を 見つめる。

一切の躊躇い声で答えた。

ガルボ から スノースネイク汁とキエメ丼 を受け取りました！

そう言うと、ふっと一瞬だけ表情を変えて口の端を釣り上げる。

優しく肩をたたかれた少女は、一瞬だけびくりと体を振るわしたあと、
こわごわとナスルのほうへと視えてはいないはずの目線を向ける。

視えないはずの目線をしっかりとナスルに合わせて、少女は言う。

少女は言わない。なにについてを。
だが、少女はおそらくナスルに気づかれてるとわかっていた。

すでにパーティを組んでから数日間。
彼の性格こそ陽気でありお気楽に見えるものの、その底に秘めたるナニカを少女は垣間みていた。
その見えない目で、ナスルの奥底に潜むナニカを。

ゆえに少女は、気づいた。
ナスルの奥底にいる存在が、自分のことに気づいていると。
そうであるならばナスル自身も気づかないはずがないと。

それ以上の言葉はでてこない。
ただ、少女はナスルの表情すら見ないでじっと、
さっき以上に他者を拒絶する空気をまとわせて、立っていた。

　ナスルが握りしめた拳から、噴出する如く火が燃え立つ。
　翻した三つ編みは、曲線を描きながら後方へ伸びた。