不浄王を浄化して、ひとくぎりして探し始めた、そのときに。
「――あれ――？　マシェ――なんでここに――？」
「ぁぅ……みつかった……」

　陰に隠れていたマシェとばったり。
　と言っても、ボクのところからはぜんぜん見えなくて声だけで。ユノが見つけたっぽい？　てだけなのだけど。

「どうしたの――？　マシェも、サヤ探しに来たの――？」
「あ、ああの、ね……いやサヤちゃん探しに来たんじゃなくってねっ……というかここにサヤちゃんはいにゃいし……」
　ん……？
「あにょ、あのあのねっ……ソウちゃんひとりで……こあいところいっちゃたから……しんぱいになって追ってっ……。
　でもでも、わたしひとりじゃこあくって……バイトと……あと、道案内と……護衛……してもらいながら、だけどょ……」

　ことばがどんどんどんどん小さくなっていって、ぴょ！　とマシェが地下牢の暗がりの奥までひっこんでいってしまう。
　そっとふわりと、ユノが追えば、その影も暗がりもユノのひかりで照らされる。

　照らされた先を覗いてみると、半べそで銃をかかえてガタガタいっているマシェの近くに、ぴんく色の長い髪の元気なかりゅうどの女の子と、まみどりいろのへんてこなのと、しゃべってがたごとうごく茶色い箱と、すっごくでっかい無表情なおねーさん。


　……。
　なんか、すごい、ご一行様に、なって、ない？


　なに、あれ。

　すごいご一行様Withマシェを横目にして、そのままなにごともなかったかのようにそぉっと離れて。
　何となくマシェが引きつった顔をしたよーな気がしたけれど、そのままさっくり背にしておいてきて。

　だって、まーたなんかマシェのいってることの要領は得なかったし。
　……どうせ、マシェなら、千巌から、呼び出しの時に会うだろうし、なあ……。
　聞きたいことはちょっとあるけど、それは明日でいいし、なあ……。


　無事なら。


　でもなんかすごいご一行様な面々、どこかで見たことある、ような、ない、ような……？

「マシェ、律法騎士団の子たちといっしょにいたな」
　ランタンが揺れる、誰もいない廊下。
　何の気なく、ケイヤクしているエンブリオがひとり・アヤカシのキョウが現れては地下牢に浮いてはけらけら笑う。
　冷たい廊下を気まぐれに浮いて飛ぶキョウのことばが、冷たい石造りのここに響いてぬけていく。
「ただでさえひとりじゃしんどい上にここの不浄はきつかっただろうから、嬢ちゃんのこと追ってくるのに護衛の依頼したんかね」

　んー……。
　まあ、たしかにマシェは以前、この地下牢で死にかけたわけだし、それを思い起こすような場所はいやだろうけどなあ……。
　もともとここの空気自体なじみがないっていうかいやそうにしてたし、ね。

　でも……りっぽーきしだん？

「ォィマテ、その様子はわかってないな、わかってないだろ。いくらアタマからっぽだからってだいじょうぶか本当に？！
　てかなぁんでわかってないんだ嬢ちゃんは。ユノっちといっしょにお茶もらってたろ？！　２人は絵本読んでもらってんだろ！？」

　頭の上からがー！！　とまくしたてられれば、足元で今度はめぇ〜とひとなき。
　下を見てみればぴらり、ふちどりされた絵が、４枚ほどブーツに掛かる。
　いわゆる“テハイショ”が４枚ほど、なきごえの主：ヤギのシキがてんてんと前足でそれを指し示している。
　少し屈んで、その４枚を拾い上げてみる。

　うさぎみたいな、白い帽子をかぶった女の子。
　オレンジ髪で口を真一文字に結んだ、血濡れポンチョのねじれ角。
　舌を出したぴんく髪のかりゅうどと、まみどりのふしぎなイキモノと。
　ひきつったわらいをしている小さな子。

　ぁー、ぁーぁーぁー。
　このうさぎみたいな帽子のひとはわかる、文字教えてくれてる、絵本読んでもらった。
　ねじれた角のオレンジのひともわかる、うさぎみたいなひととよくしゃべってた。

　からっぽ農家を勝手に使ってるひとたちか、りっぽーきしだんって。
　そういえば、おうちのなかに案内された時、ぴんくのかりゅうどは見た気がする……。

　茶色い箱っぽいのはテハイショにもその時にもキオクはないんだけど。


　そっか、そういえばテハイショに乗ってる＝いのちの価値がある相手だっけか。
　何かいのちの力も強そうに見えたな、そういえば。

　なるほど、なー……。
　４枚をさっ、さっ、とみなおしてみる。
　絵本を読んでもらってる分ちょこっとグネグネ――じゃなくって、モジも、わかる――ようになってたらよかったんだけど、しょうじきまだこのテハイショに書いてあるグネグネの意味はわかってない。
　わかってないけどテハイショの下の方に書いてある紅いグネグネの量が多い＝いのちの価値がある相手だ、位はわかる。
　ねじれた角のオレンジのひと以外は結構高いんだ、なー……でも、さっきさっと本人たちをみたかんじ、ちょっと今のボクが討つには、しんどそうな相手だ。

「ギリオモイダシテクレマシタカネ、ケイヤクシャサマ？」
　キョウは宙でやれやれと肩を落とし、はぁ〜と、よそにまで届くくらいにでっかい溜息をついた。

　んー、たぶん、なんとか？

「ナントカジャネエ、声にしなくっても態度でわからぁ」
　スミマセン。
「ったく。
　あんだけいろんな好意や敵意やら殺意やら、しんぱいやら気まずい感じやらないまぜにしたのをびしばし受けてるのに、受けてる嬢ちゃんは汲めない気付かないってのも、ちょっち流石にどーかとおもうんだよなあ」
　そういえば農家でぴんくのかりゅうどには、びみょ〜な目をむけられてましたね、ボク。言われてから思い出したけど。
　なんか変な目で見られてただけで、なにを言ってたかまでは聞こえなかったけど……。
「あの他人といっしょにいるのすら怯えてるこわがりマシェが、なんでマシェにしてみたら袖振りあったことない相手に護衛を頼んでまでトラウマってる地下牢に無理してきてくれたか、とか、汲んだ様子もぜんっぜんなかったよなさっき。マシェしんどそうだったぞ？
　……マシェが心配するよーなことはないだろうから、だいじょうぶだとは、おもうけど、よ」
　だいじょうぶなら別にいいじゃん。ボクはボク、マシェはマシェ。
　だいたい昨日のやり取りみてたろ、あの要領の得なさにあったまきてその場離れたんだしさー。
「あーあ。こんなんだと、なんで黒っこ嬢ちゃんにつきとばされたかってこともま〜ず分かってねえよな……」
　この場合の黒っこ嬢ちゃん＝サヤ、だな。
　めちゃんこアタマに来てます。見つけたら、いの一番に顔面ぶん殴る。
「……庇って討たれた黒っこ嬢ちゃんも、浮かばれねえよ……」

　……ん？
　それ、どういう意味だ？

「……あ、このダケイヤクシャ様まじわかってなかｔｔ」

　どかっ。

　反射的にキョウの服の首根っこをひっつかみ、地下牢の壁へたたきつけてにじりよる。
　首もとにおまもり兼任の魔除けくさびの、そのとがった切っ先を突き付ける。
「し、しぬしぬしぬしぬそれはしぬ……それをガチで打ちこまれたらマジヤバいって……。
　タンマタンマ、悪かった、ちょーしにのりすぎたっ！　軽口叩きまくってナマいって悪かったって？！」
「……どういう、意味だ」
　ギリ、首根っこをひっつかんだ手に力がこもり、無表情な仮面をつけた自分の顔を、彼の顔に近づきつき合わす。
　ひさびさに出した声のトーンが、思った以上にすごく低い。
　自分でもわかる、底冷えするくらい頭にきてる。
「は、ははっ……、その気の流れは……た、たぶん……オレに対して……えげつないこと考えてる……よ、なあ……？」
　キョウってなんどか死んだことあるんだっけ？　……さらにそれで死ぬかどうか知らないけど。
　ならば何度かくさび打ち込んで手足やモツをぐっちゃにしたって、特段モンダイってないんだ、よ、なあ……。
「いいいいやいやいやいやかんべんかんべん！　アヤカシだって無闇に死にたかねぇし拷問もいやだしいうから、いうからっ！！？
　ゴ、ゴズの奴が！　いってたんだよっ！！　どっちにしても此処に黒っこ嬢ちゃんいねえってばそうマシェもいってたじゃん！！？
　ほら、ほらほらほら、ならもう地下牢に用ないだろ時間だろ訓練場戻るんだろ、そん時分かるって、てばっ！！？」

　……。

　まったくなっとくはいかないけれど。
　たしかにサヤの気配どころかいのちの気配は、さっきのすごいご一行様Withマシェ位しかない。
　いない、てこと、自体は、ほんとうなんだろう、なあ……。
　ものすごく納得いかないし、しゃくには触るけど、実際それしかないんだろ……な。


　むかつく。

　
　壁ドンされ、くさびを突き付けられてひたすらにあせるキョウを、衝動のままにだまって冷たい廊下へと叩きつけた。

甘いものは好きなのか、お茶菓子を「感謝するわね」と隠しきれてない笑顔で受け取ると、過去の話を続ける。

ティーの宝石の輝きが、若干変化したように見える。
何か、思うところがあるのかもしれない。

ユノさんの明滅が変わったのを感じ取り、

何となく、気になってはいるようだ。

ブリキの子の帽子から出てきた猫を見て、

荷物をごそごそ漁り、中から魚肉で出来た団子を取り出した。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。