庭を守っていた兵士たちの黒い鎧が瞼の裏に浮かぶ。そしてそれらを束ねていた男……ブランチマンはとうに鎧を身につけていなかった。黒い鎧は新王の色なのだろう。騎士団長の任を解かれたブランチマンはもはやその色をまとわない。

王と直接契約を交わした騎士、と云う。ひどく不自然な言葉遣いだ。無論戦士と王……雇用主と被雇用者のあいだにある関係は契約関係に違いない。だが騎士と云う身分には似合わない。騎士は互いが互いの自由や主体性において交わす契約と離れたより一方的な引き寄せを、つまりは叙勲を通じて騎士となる。契約 contract 、それは人と人とのあいだで、あるいは人とエンブリオとの間でなされる言葉だ。contract にはまた、病むという意味さえある。新王に病める騎士……騎士はみな忠節という病に身を委ねる、しかしそれは自ら引き受けてそうなる。

新王がエンブリオであるのか、黒騎士がエンブリオであるのか、それともまるで別の秘術を……つまり人と人がエンブリオ契約を結ぶかのような技芸を新王が隠し持つものであるのか、それはわからない。黒騎士はあまりに手応えなく消え去った。

律法の三人を横目に見る。
珊瑚色の髪のリナリア。魔力は底が知れない。黒騎士も大概の生成生物も一撃で焼け死ぬだろう。山羊角のフィリー。その獣じみた生命力は多くの攻め手を封じるだろう。白帽子のアトラ。おそらくこいつとは最もウマが合わない。長く話し込めば撃ち合いになるだろう。それでも今ひとときは、ひどく真っ当に育て上げられた治癒のエンブリオは捨てがたい。

悪くない連中が揃った。廊下の向こうからはフィガロとヤールも広間を目指している。それでも黒騎士の生成力は底が知れない。不定の未来、知り得ない戦い、稼ぎの見通しのない遠征だ。それでも、私たちはこの世界に出稼ぎに来たわけじゃない。だから踏み込まねばならない戦線があり、行かねばならない場所がある。闇のなかでも。

瞳を望み込み返され、視線をそらす事なくわずかに目を細めた。より鮮明にそれを捉えようとするように。
そうして、
追いつめられているからなんだな。
その言葉に、瞳を逸らさないまま首を小さく二、三、横に振った。

そこから先の言葉は紡がれることなく、カミユの視線は再び机の上に落ちた。
握られたグラスもまた持ち上がらないまま、その指先だけがわずかに白さを増す。
そうして、オルガがグラスをテーブルの縁に置くと、カミユの視線もそれを追ってようよう動いた。
ふたたびわずかに目を細め、その瞳を見上げて。

グラスから手を離して両肘をつき、目元を隠すようにして。

少しの間を置いて、ひとつ大きく息を吐くと、目元から手を外して力なく微笑む。

オルガの眼球の動きに、わずかに眉根を寄せる。
それからふと、自身の皿とオルガの皿を交互に見、さらにつままれたままのバゲットを見て。

男はそう言うと、かすかに笑った。