もしも神が赦さなければ、天国は空虚と化す。

　アクアパレス。こんな摩訶不思議な場所があるとは驚きだ。
　鳥瞰というやつかな。
　こんな風に大地を見下ろせると、心が広くなった錯覚すら覚える。

　もし、神の国というものがあるとしたら、
　こんな風になっているのだろうか？
　水が豊富で、食うに困らず、景観が素晴らしく。

　だがレジェ殿が現世の内に施せば良いと言っていたように、
　信仰を得るには努力が足りないんじゃあないだろうか？
　ますます、信じられるか怪しくなってきたぞ。なんてね。

　それより信ずるべき美しいものがある。
　今もこうして、なおも輝く人々の生。
　私はそれらを導く灯火となれるだろうか。

　ところでT田殿がその辺の虫を平らげていたのが興味深かった。
　『ハチノコやサソリ以外も食べれるものなんでしょうか？』。
　ああいった虫も食べられるんだな。一つ良いことを覚えた。

　クラフティ殿はやたら甘い匂いを漂わせていたが、おそらく菓子だろう。というか菓子だ。
　ちょっぴり怖い見た目の割には、
　少女のように可愛らしいと思ってしまった（怒られるので言わない）。

　はてこの土地の虫の味も非常に気になって仕方ない。
　漫然とブリギットを眺めていたら、
　なぜだか普段より怯えていたように思える。

　蝶は花蜜を頬張る。
　蝶に似たブリギットも私の得た蒼蓮華の蜜を分け与えたっけ。
　もしかして、蝶って甘い味がしたりしないかな。
　

少し屈んでナスルと目線を合わせると、目を細めてじぃいと頬のあたりを見つめ、首を傾げる。

　ナスルの淡々とした言葉を聞きながらも、その指先はまだ宙に浮いている。

　ゆるゆると、嫌がられていないことを見て取り再び頬に触れた。ヒビに障らないよう優しく、しかしそれごと頬を掌で包む。
　生命力に溢れた女性にしては温度の高い手。手はそのまま露出した髪を撫で、軽く梳くようにして離れていった。
　そしてくすりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

　その時を決めるのはナスルだと柔らかな眼差しで示す。
　それさえ自分で決めていれば何も言うことはない。『死』を命じる立場にある者の態度だった。

　自傷に対するあまりにも――楽しいことになっている顔に。
　小さくアラトは吹き出した。
　治癒を施そうとした姿……に次いで恐らくナスルが達したであろう考えを察しでコノエも小さく笑う。

　コノエは緩やかにナスルへと手を差し出した。
　男のものにしては、というより武器を扱っているのに傷跡もたこも無く柔らかい。
　代わりに手の大きさや骨の感触は紛れも無く男だと主張している。触れればアラトの手よりは冷たく感じるだろう。

　ナスルの小さな罪悪感の吐露にち、ち、ちと指を振ってみせる。

　彼らにとっては『手間』程度の問題であるようだ。

　よほど応えたんだろうなぁ、とのほほんと眺めている。

　普段から性を意識するというのはそういうことではないのか、と。
　赤の瞳も緑の瞳もただまっすぐにナスルを見ている。

　くす、とアラトは笑った。
　平等と公平は違うけれどね、とも嘯く。

　ナスルさえ許せば、両手で頬を摘んで横に引き伸ばしてやりたそうに手をわきわきとさせている。
　その後ろではコノエが優しい目でアラトを見ていた。

ナスルの言葉に小さく指を折りながら相槌を打つ。

芯が強いかと言われたら、弱くはないと 我ながらは思う。
面倒見が良いのは…下に兄弟がなんにんもいたから自然と面倒は見ていた。
肝は座っているのだろうか？
だが、落ち着きが無いようでは店を構える事は出来ない。
美人かはさておき、腕にはそこそこ 自信がある。

ふ、と一息吐くと
ナスルを見て苦笑いする─・・・この様子では、姉上に相当伸されたのかと勘繰る。

笑顔を浮かべ水を口に含んだ次の瞬間、予期せぬ名前を聞き
思わずむせるネイベール。

困惑まじりに頬を掻くと、スーッと息を吸い込み─…

　ナスルは手を振って、今度は大らかに笑い二人に別れを告げる。
　長い三つ編みを揺らして、上機嫌に去って行くようであった。
　

　ナスルはぼやきながら作業をしている。
　

　おそらくは、
　いや確かにナスルは、人が口に出来るものをつくろうとしたのだろう。
　筈だったのだ。