エンブリオ探しの為、行軍を緩めてゆっくり探したい。
　その分、実入りは少なくなると思うが、付き合って貰えないか。
　――行き先や交渉ごとを取りまとめる女性の言葉に、ほぼ二つ返事で了承する。
　無論それは自分だけではない。むしろ、否と言う者は居なかった、と言う方が正確だろう。
　エンブリオ探しに関しては、誰も他人事ではない。森林のエンブリオというだけでわずかに眉間にシワを寄せるようになった精霊の子供や、たそがれるような視線を水辺に投げた少女などは、エンブリオとの遭遇に関して辛酸を舐めている。
　その点において自分は運が良く、今そばに居る面々にもさしたる不満はない。調査隊内の役割を十全に果たす為に、エンブリオと共に研鑽を重ねるほうが優先になっている。
　もっとも、解約というものに、ある種の抵抗があるのも大きいだろう。最初からそのつもりでの契約だった鬼との別れも、本当にそれでいいのか考え込んだものだった。呆れた魔女に『かたく考えすぎる』という意味合いのことを言われるほどに。

「レイさんは、遠慮する必要がない所で、遠慮しているような気がします」

　班編成の為に色々と資料や予定表と格闘する様子を遠目に、皮を剥いたじゃがいもを籠に載せる。
　今もああして、いつものように個々の適正や予定を考えて班分けを行っているのだから、むしろこちらが頭を下げるほうであるような気がするのだが。

「嬢やには嬢やの線引きがあるのじゃろうて」
「正座やお座りのように、遠慮なく……とは、いかないようですね」
「その場で済むことではないからの。嬢やは先がよく見えておる」

　やや多めに水を湛えた桶の様子を見てから、魔女はその老獪さをにじませる笑みを浮かべた。

「おんしに限って下手は打たぬと思うが、それこそ正座をさせられぬよう、気をつけることじゃの」
「肝に銘じます」

　怒りか照れ隠しかはさておき、そういう事になる羽目も、相手のプライドにけちをつけるのも望むところではない。
　『遠慮』に関して手痛い反撃を食らう可能性も、大いにある。

「坊やは、新たに判明した者に興味があっても、契約せなんだからのう」
「新しいことに挑戦するのが、苦手なものでして。……離れる気にもなれませんし」

　すこしはなれた場所で、水辺の草にじゃれつく白虎を見る。
　どれと別れるのかと聞かれれば、否と言う他はない。別れるのならば、メルンテーゼよりの帰還のときでありたい。

「では仮に、そうした制限を無視して、欲しいと思うものはおらぬのかえ？」
「仮に、ですか」
「研究の一環としても、聞いておきたくての。家妖精のように、興味を惹かれるものはあるじゃろう」
「そう、ですね」

　ここしばらく、新たに見つかったというエンブリオに考えを巡らせる。
　契約したいと思わないまでも、興味深くはあるものも確かにいくらかあった。

「花魄は、契約しなくても、見てはみたいですね」
「ほう。あれは確かに、珍しいからの」
「実は僕も、東方の文化は興味深いので……それと、調理場に出るそうですね」
「おぬしもブレぬのう」

　自分でもそう思ったので、黙って頷く。
　食べ物にどうしても意識が向いてしまうのは、責任感もなくはないが、単純に趣味である。

「そうですね、それから――ノーライフキングも、契約出来ると聞きましたが」

　それきり、言葉が途絶える。
　そもそも何を思ってそんなことを言ったのか、自分でもよくわからない。
　やや間を置いて、魔女が赤い目をこちらに向けた。

「欲しいのかえ」
「いえ……遠いのもありますが、とても、準備が整っていないと思います」
「では、仮に、かのものを狩る助っ人を募集していれば、乗りたいと言えるかの」
「…………予定が折り合えば」
「ふむ」

　溜息のように笑われると、どうも居心地が悪い。

「欲しい時は、欲しいと言いますから」
「そうさの。交易所に自ら足を運ぶほど、積極的になったようじゃしのう？」
「……居ても立ってもいられず、つい」

　自分の武器の素材としては極上の品が並んでいると聞き、即刻飛び出したのは、つい先ほどのことだ。
　対価となる素材の融通に頭を下げたその足で交換を申し出た勢いは、改めて言われると面映い。

「さぞかし保護者が喜ぶじゃろうて」
「やらなかった後悔に比べれば、大したことではないと思いたいです」

　『保護者』である人物は、それこそ喜んで、魔女に最近の書籍だの紅茶だのを大量に送りつけるなどの行動に出るだろう。
　子供のようで恥ずかしくもあるが、それ以上に『その程度で済みますように』と願ってしまう。
　鈴を転がすような声で笑っていた魔女が、ふと目を細めた。

「逸る小童どもの首を捕まえておくつもりでおるが、なかなかそちらの手を焼かせてくれぬのう」
「ノーライフキングに会いたい、と、駄々をこねたほうが良いのですか？」
「頭から冷水を浴びせて説教するのが、年寄りの楽しみというものじゃ」

　しれっとのたまう魔女に、思わず笑みが漏れる。

「皆さん、安心しているのですよ。安定、でしょうか」
「別な意味で、手はかかるがのう」

　若い連中は手加減を知らぬ、とこぼす魔女は、それでも年長者の余裕でもって微笑み、清水に氷を落とした。

ふわり、応じるように心地よい風が背を押した。