薄暗い地下通路は 静けさに包まれ、響くのは私の声と足音だけ。
空っぽの牢が果てしなく続き、辺りに人の気配はない。


グリーンパレスの探索を早々に切り上げ、地下牢へと向かったのには理由があった。
先生が突然 『 ねこくんのところに遊びに行かない？ 』 と言い出したのだ。


先生の言う 『 ねこくん 』 とは ロク君のこと。唐突な提案に戸惑って、いきなりどうして？ と訊ね返す。
すると、先生の答えは 『 エンブリオ達がちゃんとねこくんと会えたか気になるの！ 』 というものだった。



私も、それは少し 気にかかっていた。



グリーンパレスでロク君と別れた後、しばらくして 彼のエンブリオ達…　ししょーとセバスチャンに出会ったのだ。


ししょーは、鳥型のエンブリオ。
少々 粗野なところもあるけれど、面倒見の良い一面もあり、
ひとりではなにかと危なっかしいロク君を見かねて、あれこれと世話を焼いている。

ロク君もそんな彼を慕っており、指南役…まさに師匠として、彼を仰いでいるようだった。


もう一体のエンブリオ…セバスチャンは羊型。
物静かで、いつもロク君の傍に控えていて、その姿は長年付き添ってきた従者のようにも思えた。
けれど、ロク君以外の人と言葉を交わすことはほとんど無いようで、私も 彼とは話をしたことがなかった。

また、彼は ロク君のことを 「 リク坊ちゃん 」 と呼んでいる。
「坊ちゃん」という敬称を付けて名を呼ぶのは、ロク君が契約主だからかとも思ったのだが、
彼がロク君に接する所作は、何か それ以上の関係も感じさせるもののようにも思えた…



かれらは、ロク君の行方を捜していた。



あの時、ロク君は 自らの悪魔の力を制御できずに、周囲に不幸を招いてしまうのではないかと危惧していた。

かれらの話を聞くと、どうやらエンブリオ達にも不幸を振りまくのではないかと思い悩み、
自分のもとを去るように言いつけ、自身から遠ざけようとしたようなのだ。　私にそうしたのと、同じように…


けれども、かれらもロク君の心の異変には 薄々気付いていたようだ。
暇乞いをするふりをして、一旦、ロク君と別れた後、本当の事情を知る為にロク君の足取りを追っていたのだ。


グリーンパレスでのロク君との一件で、彼の心の内を知った私は、訪ねてきたかれらに事の顛末を伝えた。
一部始終を聞き終えると、かれらは やはり… と納得した様子。再びロク君のもとへと戻るつもりのようだった。


そこで、ロク君の行き先を知らないか？と訊ねられたのだが…


私は、あの後 ロク君がどこに向かったかまでは、分からなかった。
彼は、あの後 何も言わずに去っていってしまったから…

捜す当てが無く顔を見合わせていたところ…
先生がロク君の行き先を知っていると口を挟んできたのだ。

話によると、ロク君は兵舎から地下牢方面に向かっていたという。


それを聞いて、エンブリオ達は地下牢に向かったようだった。
…かれらは、無事にロク君と出会えたのだろうか？


探索を再開したばかりのグリーンパレスを後にするのには躊躇いもあったが、
不確かな情報だけを投げかけて、あとは知らん振り…というのも心地が悪い。

かれらの様子を見に、地下牢へ向かうことに同意したのだ。

…もしかすると、先生はエンブリオたちの行く末を心配したのかもしれない。
先生もエンブリオだから、エンブリオ同士で境遇が気になるのかもしれない。

どことなく上目遣いで、こちらを気遣うような視線で先生が答える。
…グリーンパレスの探索を中断させてしまったことを気にしているのだろうか？


それならば…

そう。　私は…　ロク君はどうするのだろうか？ と、気に掛かっていた。




彼はあのとき、独りになりたいと願っていた。



関わったものを不幸にしたくないから…と。



そう、彼は願っていた。

ならば、彼はどうしただろうか？



事の次第を知り、彼を追って来たエンブリオ達を受け入れるのだろうか？



それとも…

もし…





もし、私が彼に会いたいと願ったとして。





私が今、彼に会いに行ったとして。





彼は、私を受け入れてくれるのだろうか…？



彼を、困らせるだけにはならないだろうか…？



彼を、迷わせるだけにはならないだろうか…？









私はこのまま、彼に逢いに行っても良いのだろうか…？

嬉しそうな声を上げた先生の方を向く。
先生の笑顔につられて、笑みが漏れる。

ふと 気配に気付いて、視線を地下牢の奥に向けると、
石造りの廊下を照らすおぼろげな灯りに、見知った猫の少年の影が浮かんでいた……

いっしょにいけるのがうれしいのか、にこにこしながらキーさんたちによびかけました。
つよいちからをもったキーさんたちがいることであんしんしているようです。

ちらりとめせんをそのよこにうつし――

まえのできごとをひきずっているのか、いざほんにんをめのまえにするととまどいをかくせないようです。
けれども、あいさつしたあともおねえさんがきになっているのかちらちらみています。

てへっ、としたをだしてはにかみました。

みみざとくききつけ、めをかがやかせました。

きらいというほどではないようですが――

とってもじかんがかかってしまうらしく、めんどくさいようです。

こわばってめをそらすおねえさんを、サングラスのしたでめをほそめてだまってみつめました。
でも、すぐにフッとわらって

だろ？、とあえてかるいかんじでこたえました。

合流した先で出会った知らない姿に、白いのは思わずびくっと耳を下げた。
おずおずと問い掛けながらも声が小さくなってしまう。
ひどく臆病らしい性質が見えて取れ、ぴゅっと尻尾も丸まるまま。

役に立つ――というよりは、怯えて逃げ出さない方がまずもって問題のようだ。

キッ、とにらんでかまえました。

この先を知って尚？とは――愚問か。問わず、止めず。ならば、

せめての言葉――息災であれ、と。

手をぶんぶん、しっぽをぶんぶん―――

たちどまってうつむいていましたが――やがてかおをあげると、きもちをいれかえるようにぼふっとほほをたたきました。
いちどだけ、おおきくしんこきゅうして――

まえのおねえさんのようすをおもいだし、なにをいったらいいのかとまどっているようです。
まよって、なやんで、それでもわからなくって。

けっきょくなにもいえずに、ごまかすように、にっこりわらってバナナをわたしました。