「最近の君を見ていると、――少し、わかった気がする」

　キーエは静かに言葉にした。
　相変わらずそこは精神世界の中。
　キーは縮こまったままその言葉を聞いては、びくびくと耳を伏せている。
　何が、とは聞かない。
　キーエのその言葉多独り言の様なものだったし、多分、自分に向けては発せられていなかったから。

「龍が人の心を得る事の弊害」
「………へいがい」
　キーは繰り返すしか無い。
　思い当たる節がありすぎる。
　どこか申し訳無く思ってしまう。
　しかし「ごめんなさい」と出掛かった言葉を、何故か、呑み込んでしまって吐けなかった。
「良いよ。そういう意味で君は『成功』したんだから」
「……なら、良かった」
　『そういう意義』だとキーは理解している。それを可笑しいとも思わない。
　いつものように情けなくも安堵した様に笑っていた。
　―――今は、だろうかと。キーエは考察する。
　―――それでも良い。

　その時が来たら、いつか。

　―――思考を停止させる。

「その前にあの司教を倒してしまおう。『命令』は無いから、どうでもいいけどね」
「うん！　じゃあ、任せる！」
「………まあね。今日は、僕の方が興味があるから。――出るよ」
「うん！　キー見てる！　キーエがんばる！　ファイッ、あ、待って！」
「………？」
　子供だ、と。
　呆れるでも無く見返して、キーエは器の権利を持って出かかった。
　それをキーが制止する。
　全く意表を突かれた。
　その先で、キーは身を乗り出して質問を投げかけた。

「ねえねえ。じゃあ、あの、かおがすごくて！　せーめいなくて！　サーカスのおにいさんは？　あのひとも、せーめいのじゅんかん、おかしい？　よ？」
　興味があるのか、と聞いているのか。
　それとも食べてしまわないのかと、聞いているのか。
　それを探る前に、キーエは言うべき事を選別する。
「キー、それは『座長』という単語に省略出来るよ。というかそっち使って、ややこしい」
「ざちょー！」
　人間だったら頭の痛くなるこの遣り取りも、キーエはさほど気にしない。
　ただ、溜息は少し吐く。
　それでも、キーがどちらを聞きたいのかわかってきた。
　行く手を阻む者も、その人物も「コトワリ」から外れた者。
　キーエは何も無い空間の、何も無い空を、ゆっくりと仰ぐ。
「現状、違う」
「……ちがう。は、わかる」
　キーエの言葉に、キーは難しそうな顔をして頑張って頷いている。
「一人は自ら弄ぶ者、一人は……される側という感じがするね。知らないけど」
　その言葉をわかっているのかいないのか、ふんふんとキーは頷いている。
「それに、ざちょーはお話しできるにんげん、みたい？」
「そうだね」
　思考する事をほぼ放棄している自分が言うのも何だという自覚を持ちながらキーエは語る。
　自らも「龍」という「定義」を絶対とする以上、人間が行き着く所まで行き着いてしまい他者を受け入れなくなったとしても、それを悪くいうつもりもないし、言っているつもりもないけどと誰へ対するでも無く断ってから。
「彼の話はもう少し聞いてみたい。もちろん、……君を殺そうとしたあの娘ともね」
「あああああれは！　キーエが悪いいいい！？　しぬ、キー、しんじゃう！　の！！」
「誰が、僕を呼んだかな」
「…………キーですごめんなさいキーでしたキーのせい、せい！！？」
「うん」
「ぶええええええ！！！！」
　後はキーエは素知らぬ顔だ。
　「本当に泣く」という事は知らないくせに、「ただ泣く」事だけは日に日に増えていっている。
　これが為す意味をキーエは分析しようと思ったが、特に意味も無さそうな上全く時間の無駄そうだったので放棄している。

「………」
　振り向けばキーはまだ隅で蹲ったまま震えて泣いている。
　だからキーエは思考をシフトした。
　――そうだ、今は「命令」が無い。
　ゆえに、彼も、まして司教すら対峙する理由も無い。それでもそれは、
「………きょーみぶかい？」
　縮めた翼の向こうから、ちらりとキーがキーエを見ていた。
　この子龍は時にこうして鋭いタイミングで投げかけてくる。
　それは「人間らしい」からなのかどうか、キーエは考えた事は無いが。
「そうだね。でも、少し深みに嵌まっている気がするよ。――いつかは戻るんだ。わかってるね」
「う、んー……うん、もどる。もどる……」
　しょんぼりとしてしまった。
　その理由は大方理解出来る。
　全てを解析は出来ていないが、それはもう少し時間をおいてから問いただそうと思い、キーエはそれ以上の声をかけず、今度こそ部屋から出て行った。
　その先に居るのは司教。
　器の権利を得る為に扉を開ける。

　姉上、と。
　何の感情も籠もらず、ただ一言を呟いて。



　そしてその先で―――

もふっこくまるっこいその姿にいてもたってもいられず、そっと毛玉に触れる。

その心地よさにほんわかしつつ、相手の言葉をそのまま返した。
どうやらこちらも"せーめーかんり"の意味は理解していない様子。ただ幸せそうだ。

ちょんちょんのスピードが上がれば、斑兎もそれに合わせてスピードアップ！
相手の顔と手元を交互に見ながら、必死にちょんちょんしている。

そんなふたりの様子を楽しそうに見守っていたが、不意に長い耳が白い獣の方へ向く。
耳が捉えたのは、自身の名を呼ぶ声。
頭で理解するよりも先に耳が動くようだ。

視線を向けたが、何やら白い子は慌てている様子。
ずれたと騒ぐその姿に、茶兎はまた笑い声を上げる。
どうやら名を呼ばれたことは気にしていないようだ。

手がずれた事に気が付くと、動きがぴたりと止まった。

ブチは　あいてのようすを　みている　！

しっかりと釘は刺しておく

手紙のやりとりはしていたものの、久々の再会に浮かれるエッダ。
しかしキー君の視線がスイモブおじに向くと途端に青ざめる。

そして燃やせばいいねの一言に思わず考え込むエッダ。

しかしこちら全体に向けられている炎にたじろぐ。

炎をひっこめたのを見てホッとた様子で語りはじめる。

思春期らしい想像をしてしまったのか少し頬を赤らめるが、
首をぶんぶんと振って妄想を振り払う。

ぺこりと頭を下げる

そういうと、彼女は、水辺に沈んでいった・・・

ちらりと自身の傍を離れない妖精に目をやってから百面相を続ける彼へと視線を戻し

くすり、とまた笑みをひとつ。

　　　　　　　　　元来の役割を果たせるだろうか

拾ったものをまじまじと眺めている。