報復が常で、慈心を見せるのは稀である。

　思えば私の片目が失せたのも、自業自得の話だったなあ。
　売り言葉に買い魔術。
　あの時、弟の父への侮蔑が一番私の逆鱗に触れていたのは間違いない。
　だからといって顔を焼き払ったのは正気の沙汰ではなかったな。

　私が弟にしてやれることは何もなかった。
　私の右目を潰す程度で満足は出来ないようだったし。
　強いて言うなら、目の前から消えるぐらいだろうか。
　それが身内のためにもなろう、と信じていたのが当時の私だ。

　サラマンダーと逢ったのも、いざ実家を発とうとした時だった。
　結局お祖父様の前で寂しさを堪えきれずに泣いた私へ、
　おまえに寄り添えるものをと生み出したのが彼。

　サラマンダーは何も喋らないけれど、
　常に私の側に居てくれた。
　慰めることもなく、笑いかけることもなく。

　感情に揺さぶられやすい私にとっては、
　かえってありがたいことであった。
　彼の静寂を通して、己を見つめ直すことができる。

　……まあ、怒ると私に向かって放火するのは頂けないけど。

普段は見た目のこともあり交流が円滑にとはいかない雪光は
初対面にも関わらず親身なナスルに感嘆したようだ。

「化粧より見栄えが良いと思ったんだがな」と溜息をついてから
ナスルの「本業は占い師」の言葉に目を瞬かせ

喧嘩を売るわけでなく、純粋な好奇心からか
瞼に銀粉を塗した瞳は爛々と輝いている。

微笑みを浮かべ、友の言葉を 待つ。
友の口から流れた言の葉は、慈愛と もうひとつを表す。

瞳を燃やすナスルを訝しげに見る。
何か、あったことは違いないだろう。
だが、それについて尋ねる必要は無いと座り直す。

指折り面倒事を羅列するネイベール。
嫌な思い出ではないのか、何故か楽しそうである。

するり、と垂れている左前髪を上げる。
濃灰青色の瞳ではなく、煌々と燃える火色の瞳。
左顔面を覆う様に、黒い和毛がびっしりと生えている。

苦笑いを浮かべながら、ネイベールは頬を掻いた。

ナスルが一瞬言いよどんだのを見て、こちらも一瞬片眉を上げる。
だが、その後に続いた言葉に嬉しそうに笑う。

微妙に目が死んでいるように見えるかもしれない。

二人が視界にある大衆食堂へと向かって歩くなか、
背後に現れていた黒衣の執事に気づいてない盲目の少女は、
不意に言葉を切ったナスルの様子に少しだけ怪訝な表情となったが、
気にも留めないで会話を続けていた。

その少女の首もとに巻かれている龍は、沈黙のまなざしを持って、
ナスルだけが感じ取れる強さの視線をぶつけ続けている。
視線に含まれる感情は、恐れ、不安、警戒。負の感情たち。

少女がちいさくつぶやいて小龍をなでると、小龍はちろちろと舌を出して応じるが、
彼がとばす視線の行く先は変わらないままであり、少女はなにも気づかない。
後ろに現れていた黒衣の執事もすでに姿を消していた。

少しだけ視線をうつむかせて、それからもういちどナスルのほうへと少女は表情を向ける。
ナスルに言われた「いいお母様だね」という言葉を胸に封じながら。

養い親、という単語だけかすれるような響きとなって言葉となる。
少女自身、どういう感情をもって述べた言葉なのか、わかっていないようだ。

言葉には出さなかったものの、今までにも言われたことのある、
「自分は生まれてすぐ捨てられたのではないか」という言葉が少女の胸をえぐる。

ハッとなった顔をして、余計なことを言ったと思った少女は、
無理に笑顔を浮かべて話題を変えようと違う言葉を紡いだ。

世間をよく知らないがゆえの疑問が少女の口から出る。
だが、少女が疑問を口にしたと同時に、ナスルとリラは大衆食堂の入り口へと着いたのだった。

　ナスルは無意識のうちに腕輪に手を添えていた。
　こわばるナスルを宥めるように、腕輪は優しくひらめく。
　

　鈍い鈍い破壊音めいた作業音と、
　かすかに聞こえるナスルの鼻歌。
　

　闘気の炎をくゆらせて、ナスルは拳を突き出した。