急に頭が痛くなり、走らせていたペンが止まる。
……いつも通り、無意識に思い付いたことを書いていたら…嫌なことを思い出してしまった。

僕の国が直接潰れる原因となったのは…大規模な戦争から派生した反乱、もとい抵抗組織の行動によるもの。
でも、実際のところはそれ以前にも何度か大きな反乱はあったのだ。
…当然、その時も死闘であり。
同僚や同年代の友人達が何人も、何十人も死んでいった。
それは異能者の集いであったにもかかわらず…実質、毎回壊滅してしまっていた。
もはや、殆ど使い潰しの駒みたいな扱い。

その集いは元々、異能者なら誰でも受け入れられる組織的なものだったんだけど…。
その都度、組織は再編成が行われ…最終的には、少人数の精鋭部隊へと変貌した。
僕や、兄さんや、ラルクゥさんはその中の一員。
最初から最後まで生き残った人もいれば、あとから加入してきた人もいる。
…強さと形ばかりの忠誠心さえあれば、立場なんて関係なかった。

でも、いくら強い人達を集めようが…それだけじゃ、ダメなんだと思う。
結局…そんな集まりも一丸となった抵抗組織の手により崩壊してしまったわけだし。
挙句の果てに、メンバーの裏切りまで出てしまった。
国として…組織としての人望のなさが浮き彫りになった形。
これじゃあ、何度繰り返しても同じこと。僕と兄さんは、そういう結論に至った。

手帳を閉じ、荷物を改める。
ハーブ類、インク、お洒落な小瓶に入った砂、小さい観葉植物などなど。
…実用品だけでなく、名産品や観賞品の類も随分と増えた。
とはいえ、これらの殆どは渡し守さんとの交渉材料のつもりなんだけどね。

そんなことをしていると、ハルが話し掛けてきた。
どういう気の変わりようなのか分からないけど…最近は会話できる頻度が増えて、嬉しいな。

魔道具のペンをカチカチと鳴らすも、それらしき反応がない。
というか…これ、使い方がよく分からないなぁ。

僕が今連れ回しているのは、この地で力を借りた者達の魂ばかり。
兄さんのことを知っているのは…最初に契約してきた、ラルクゥさんだけのはず。

それっきり、ハルの言葉は聞こえなくなった。
確かに、今のままだと複数人と同時に話すようなものだから…なかなか集中できないっていうのはある気がする。
にしても…意識を会話のために集中させる…かぁ。
この地に来てから兄さんと話したのはまだ1回だけだし、それに僕の方から連絡を入れるのは初めてだから…。
なんだか、緊張しちゃうなぁ。
身体の力を抜いて……深呼吸、深呼吸……。

……カチッ。
ラルクゥさんの魂に向け、ペンをノックした。
すると、魂が仄かに揺らめいて―――。

ふむ、とすこし考えるようにして

表情を見て、どことなく悟り

と悔しそうな表情に

どこまで分かっているのか、クスクス笑い――

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頷く様子にはご満悦の模様。

　形式上の家族が連れ立って「島」を探索した――。その言葉だけでも驚くべき話だ。
　仲がいいとはとても思えない。しかし、利害だけで結びついていた関係とも思い難い。
　彼にとって「家族」とは何を意味する言葉なのか。気になるところだ。

　優しく諭すも、その次の台詞には思わず息を呑んだ。

　反応を素のままで受け止めてしまった為に、頬が熱く火照り始めるのを止められなくなった。

　彼の、これ程までに自然にまろびでた「礼」があっただろうか。
　角がとれ、柔和とも形容できる自然な笑み。古狐の、胎の奥を強く刺激する。
　なんということか。儂としたことが、まるで、初めて恋を知った生娘のようではないか！

　なんなら、いくつか教えてやらんでもないが。と、続け。
　しかし自分も翻弄される側であったからの、と肩をすくめてみせる。

　嘘をつくなと云われたからな――と、小声で繋ぐ。
　肩がわずかに震えた。両腕を掻き抱くことで抑えようと試みるも上手くいかず。
　気づかれたくないと願い、身体の距離を縮めることで、心の距離を取った。

　隠していたものが、次々と暴かれていく。嘘の皮が剥がれ、本当の果肉が剥きだしにされていく。
　違う、と口にした青年の寂しげな表情に。

　――ああ、またやってしまったのだな。

　心に、鈍くて重い痛みが走った。
　遥か昔、同じような顔をさせた男がいた。彼と自分が間違い続けた結果、ある国が傾いた。
　九尾は傾国の宿命を持つという。迷信など信じないと笑った男が、いつしか狂った目で我が尾を引き千切った。
　あの時のように、彼もまた、壊れていってしまうのかも知れない。

　嘘を嘘で塗り固めるように、怯えから逃げるように、強い口づけで誤魔化したことは否めなかった。
　抱きしめる腕に力を込めて、今は顔を見られたくないとばかりに激しく舌を絡めていく。

　これ以上、彼に嘘をつきたくない。……否。最初から誰にも、嘘などつきたくは、ないのだ。

　覚悟を決める。完璧な微笑みの表情に隠して、緩く解いた束縛。
　抱かれる前でよかった。彼を間違えさせずに済む。妖狐を使い棄ての式鬼として扱えぬ彼では、駄目だ。

　だが、「ありのままのお前が欲しい」と、囁かれたその言葉に。

　……狐は、溢れる涙を止めることが出来なくなっていた。

　感受性が未熟な彼では、自分が泣いている理由は解らないかも知れない。
　だいたい、涙で心を揺さぶるなど卑怯なことだ。それでも、もはや理性とは別の場所でどうにもならなかった。
　ぼろぼろと零れ落ちる。止まらない。止められない。

　腕を交差させ、醜く歪んでいるであろう顔を隠しながら絞り出すように言った。

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　驚き、思わず声をあげてしまい。しかし、どこかで得心もする。
　魂を操るほどの術式が、何の対価も支払わず使えるものでもないだろう。

　ただ、狐は悪戯心を見せた。
　伸ばした手をそのまま受け取った少年を引き寄せ、白い手の甲に口づけをしてみせたのだ。
　これでも忠誠は足りぬかや、という科白を添えて。

　特に憤りを見せることもなく平然と、肩をすくめておどける狐。
　気になるのは、ハルはシオンのことをどう思っているのだろうか、ということ。
　力の行使に悩むシオンに、力の行使を求めるハル。それは、大切な相手を想うことに繋がるのだろうか。

　彼らの兄とトガノの身体の秘密には迫れなかったが、契約の条件を知れたことで良しとしよう。
　何に利用できるかはこれから次第だが、手札は多く持っておくに限る。
　と、内心の打算をおくびにも出さず、狐はくすりと笑みを見せた。

　狐は嫌そうな表情を隠しもせずに呟いた。
　そも、力ある者への妬みや嫉みは、支配者には操作しがたく、煽動者には扱いやすいものだ。
　暴力で国を勝ち取ろうとした、かつての主を思い出す。追われた王は、容易に返り咲けるものではない。

　理想と夢では、遥かに立ち位置が異なろうに。狐はどこか冷めた視点で少年を眺め。

必死に己が目的を伝えんとする少年の言葉には、再び疑念の瞳を向けて。

最後、彼らにそう返して背を向けてから、
少しだけその姿を振り向き仰ぐ。

その未来が、誰のものかは。

荷物を纏める少年にさらりと。

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　>> ハルシオン

ハルシオンにも分かるように大げさな手振りで合図を出す。
数秒の後、エンブリオたちによって空や照明の光が遮られた。

再びの合図に明かりが戻る。