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「そういえばご説明申し上げていませんでしたか。」

正直気まずい夜を掘り起こす展開になる訳だが、どうしても知らなければならない事だった。
この先あんな驚きをエンブリオの数味わわされる事になるかと思うとぞっとする。
そう思って口火を切ったレミエルに落ち着いた、腹に幾つかの物を抱えていそうな少年は微笑んだ。

そう、少年だった。青年ではなく。

抵抗し続けた主に妥協案として差し出したのが主よりも幾分歳の若い姿。十代の前半に値する。
曰く「現在の骨格や形がわかれば歳を抜く事は可能」なのらしい。
人に見間違ったのは最初だけで、色々と「人じゃない」所を平気で繰り出してくるエンブリオだ。
どのエンブリオでもこうなのかと思えば、もう片方は全然その器用さが無い所も惑いを呼ぶ。
面影を持つとはいえ、見知らぬ頃の姿は大分気持ちの処理がしやすい。

「ええと…そう、クロゼットに例えたのでしたっけ。
　正確にはクロゼットという程整然とした物ではありません。
　貴女の記憶の海には、浮遊している影も沈殿した影もある。
　恐らく、推測ではありますが印象や思い入れの強い影程色も輝きも残すよう見受けました。
　大事な物や触れられたくない物は隠れて、どうでも良い物は消えそうになっている。
　そう理解して頂ければ宜しいでしょう。まるで、」

そう言うとエンブリオは一言言葉を区切って、横目に少女を写して笑う。
その仕種が又嫌味たらしく見えるのは何故か、ともあれ先を促す為にレミエルはぐっと反論を堪えて視線を返した。

「貴女の性格そのもののように。他の方の人の記憶を私は見たことがありませんが、
　大方はその人そのものなのだろうと思います。

　…又怒られてしまいそうな例えにはなりますが、宝探しのようでした。
　隠れるもの、輝くものに気が惹かれるのは私達の特色なのか、意思あるものの皆そうなのか。
　当然相性もあるようです。私はアンシュの姿を見つけても纏えはしないし、アンシュもそうでしょう。」

「あとは、そうですね。」

また言葉を区切った。今度は彼が言葉を躊躇うような間がある。
疑問符を浮かべた顔から敢えて目を逸らすと、

「その中でも、「許された影」と「許されぬ影」がある事は気づけます。
　気づけました、少なくとも私は。アンシュは判らなかったようですが…」
「……判っててソレっていうのがモノスゴク納得いかないんだケド…？」

思わずジト目になるレミエル。
それが判別出来るなら選んで欲しくなかった姿を借り出したのだからさもありなん。胡乱な態度にもなろうと言うもの。

「Masterが怒る程許せない姿では、無い…んじゃないですか。此れ。
　若しくは、別の要因かもしれませんが。―――懐かしさ、とか？
　……まぁ正直に、急いでいたと申し上げましたでしょう。一番相性が合ったのです。」

目を丸く、今は幾分華奢になった指を見下ろす姿は、妙に人間らしい。
少年の姿でいて、微笑む眸の色は宥める兄のようだ。

「水際はそんなに嫌味な性格じゃなかったわヨーだ。」

解せないとの、拗ねた態度を崩さずお茶を空ける少女へとお茶を注ぐエンブリオ。
どうも自覚のない所で色々と琴線に触れているらしく、時折テーブルの下で足を蹴られる事に辟易しつつ、

（理由付けがあれば、此れにしても説き伏せる自信があったからですが。）

だって身に纏うのなら色の鮮やかな物の方が着心地も良いし、何よりこれが肌に合う。
その上主の反応も愉しげだと思えば―――緊急だった振りくらい。
どうも、生まれ出でた頃よりも幾分性が捻くれた気がすると自覚のある少年であった。
それが主である少女の影響なのか、相対している内に育っているのかは知らない。
現在進行形。

首を傾げる娘の様子を窺う。
先程の二人の行動、会話を思い返して。
小さな違和感。ドロテアはあの性格だから会話が噛み合わないこともあるだろう、と気に留めていなかったが。

眉間の皺が少し、深くなる。


ずるい女。その言葉にやや、視線を落とす。

そして少し間をおいて。

　　　　　　　にっと笑って手を差し出す。