※Eno.927 ミクネさんの前回の日記と、今回のメッセージと内容がリンクしています。


夢を、見ていた。

守りたかったあの子が、遠くに行ってしまう夢。手の届かないところに行ってしまって、もう二度と戻ってこない夢。
暗闇に浮かぶ彼女は遠ざかり、徐々に小さくなる。

「逝くな……逝かないでくれ…！ プラナ！プラナァァァァ！！」

追いかけても追いかけても、追いつけない。彼女の名を何度叫んでも、彼女はにかむばかり。
追いかけている内に、黒い沼のような何かに脚をとられる。
沼に巻き込まれた脚が痺れる。痺れは下半身全体に広がっていく。

それでも尚、俺は足掻く。這い蹲りながらも匍匐で前に進み、また何度も名前を呼び続ける。


もう一度俺の手を握って欲しい。
また一緒に星を見たい。
いつか二人で幸せになりたかった。

全ては戻らぬ過去。それでも求めずにはいられない。だから捨てた。捨てようとした。捨てたと思い込んでいた。
どんなに誤魔化しても、どれだけ偽ろうとも、真なる心は廻り回って俺を包み込む。
”サイネル”の心が、とても邪魔だった。その甘さを捨て切れなかった所為で多くの人を死なせてしまった事さえある。

”サイネル”では、何も守れない。 ならば”サイネル”でなければいい。
ずっと演じていた。弱い自分を何一つ変えられぬまま、その場凌ぎを繰り返す。
サイネルが殺すのを躊躇えば、”怪傑X”が代わりに殺す。
怪傑Xを演じ慣れていく内に、自分の心を忘れる事が出来た。仮面…アトを失ってまた、思い出した。


「ぁぁ……プラナ……！」

こんなに苦しいのだから、思い出したくはなかった。
失った命と奪った命。その両方の重みが、今になって俺に圧し掛かってくる。

暗闇の中にはもう、何も見えない。











































見上げると、プラナが俺の手を握っていた。

そのぬくもりを感じた瞬間、夢の世界は崩れ落ちる。
これが二度と手に入らないものだという事ぐらい、わかっていた。


これは、夢だ。












目を覚ませば、俺は山小屋の中のベッドに寝かされていた。
最初に視界に入ってきたのは、繋いだ手。繋がれた手の先を見やると、そこにはミクネがいた。

「…………ミクネ…お前」

「あ…！ よか…った……サイ、…ネル、さ――」

ミクネはこちらを見て喜びと安堵の交じった笑顔を浮かべたかと思えば、
間も無くして緊張の糸が切れたかのようにベッドに倒れこむ。

「ッ！ミクネ！」

再生の完了していない体でミクネを支える。痛みはあるが、些細な問題だ。
どうやら眠ってしまったようだ。俺はミクネの体をゆっくりと降ろす。

「……ミクネ、お前が運んでくれたのか」

眠るミクネを見つめながら呟く。この様子では、当分目を覚まさないだろう。

体の調子を確認する。
肉体の再生は大分進んでいるが、如何せん体が熱い。意識もぼうっとする。
エンブリオ持ちと正面から当たるのは厳しい。

小屋の周辺に罠を張るか……などと考えていると、不意に頭の中で声が響く。



《……オイ、ニンゲン》

「………誰だ、お前は」

頭の中の声に応える。傍から見れば一人で喋っているようにしか見えないが、今は一人なのであらぬ誤解をされる心配も無い。

《ローバル……キサマニ喰ワレタ》

「あの時のヤツか……喰いかかって来たのはテメェの方だろーが」

《ソレモソウカ。マァ、コマカイコトハキニスルナヨ》

こちらに対する敵意は感じられない。むしろ馴れ馴れしいぐらいだ。
自分の中で生きている事は前々から気付いていたが、まさかコミュニケーションを取る事になろうとは予想だにしなかった。

「……つーかローバルって喋れんだな」

《オレハシャベレル……ホカノハ知ラン。ソレヨリキサマ…ヨワッテイルノダロウ？》

「……だからどうした」

《オヤダマサンノ連中ガ、近クニ拠点ヲ敷イテイル。ダカラ、外ニハデルナヨ》

「何故俺に教える？」

《キサマが死ネバオレモ死ヌカラナ。ソイツァゴメンダゼ》

「…………」

《マァソレハスグニ畳ムヤツダカラ、ニサンニチモ待テバスグ安全ニナルダロウヨ》

つまり動くなら今しかない。俺の中のローバルには悪いが、このチャンスを逃す事は出来ない。
そう、拠点に乗り込んで情報を盗むのだ。戦闘は極力避けていかなければならない。
隠密行動や潜入には慣れているので、後は向こうの出方次第だ。

俺は持ち物を確認する。……爆弾は全滅しているが、骨刃の再生は終わっている。
小屋には猟銃があったが、どうも邪魔なので置いていくことにする。


《オイオイオイオイ、アンサン何ヲヤラカス気ダイ…？》

このローバル、話せば話すほど口調がフランクになってる気がする。

「ヤツらの拠点に乗り込む。場所は分かるか？」

《同胞ノ気配ヲ辿レバ分カルガ……マジカヨ》

「ローバル同士は互いの気配を感じられるのか？」
「だとしたら俺は即見つかっちまう事になるんだが……」

《イヤ、オレラノ巣にオレラノ気配がスルノハ当タリ前ダシ……ダレモ気ニシネーヨ》
《ムシロ知性ノ無イヤツハ、堂々ト前を横切ッテモ気付カナイダロウゼ》

「知能のあるお前は特別なのか？」

《オカゲサマデナ……成体ノヤツト、ボスニハ気ヲ付ケロヨ》

「フィリーとシュウスケの言っていたローバルの親玉か……」

聞く話では相当な実力者らしい。
見つからないに越した事はないが、見つかったら撤退すべきだろう。

「……じゃ、行くぞ。えーと…」

《キサマガキメナ》

「…………じゃ、今日からお前は”ケセラ”だ」

《悪クナイ》

俺は……あのぬくもりを守りたい。だから戦わなくてはいけない。
直接戦闘は出来ないが、それでもやれる事はある筈だ。

《コノきざ野郎》

「勝手に人の頭ン中覗いてんじゃねーよ」

眠っているミクネを見やる。
一人小屋に残しておくのは不安だが、罠を仕掛けていけば問題ないだろう。

俺は小屋の周辺に罠を仕掛ける。仕掛けに引っかかると大きな音が鳴り響く筈だ。
小屋を後にして、ケセラのナビに従い森の中を歩く。
道中ローバルに出くわしたが、炉心を起動させずに変質すればあっけなくやり過ごせた。
どうやらケセラの言う通りらしい。






《ココダゼ》


森の真っ只中でケセラはそう言った。この場所が一体どうしたと言うのだろうか。
成体ローバルがこの場に近付いてきたので一旦隠れる。
自分のいた場所を通り過ぎると、何かに吸い込まれるかのように姿を消してしまった。

《”クウカンギソウ”、ッテヤツカネ？ ソンナカンジデカクシテイタヨウダナ》
《同胞ノ気配ガうじゃうじゃシテルゼ。……入リ口ニハモウ誰モイネーナ。入レルゼ》


成体ローバルが消えた場所に、そっと手を差し出してみる。すると指先が見えなくなった。
意を決してその先に飛び込むと、そこには森に囲まれた廃館が鎮座していた。

館の中に潜入したのはいいものの、警備にあてられた成体ローバルの数は少ない。
油断はしなかったが、容易ではあった。

研究室らしき部屋に辿り着いた。中から話し声が聞こえる。


「ドク…これ以上の出力アップは妖精に負担が掛かり過ぎる。これの出力じゃあ死んでも可笑しくねぇ」
「一々妖精を死なすのも勿体無いし、新しく捕まえるのも面倒だ。だから……」

「ボスは更なる力を望んでおられる。この程度の負荷に耐えられん妖精など捨てておけばよかろう」

「……ゲス野郎が」

「ならばもっと優秀な妖精でも捕まえて来ることだ」
「それこそ妖精王のような……ボスに相応しい力をな」

一人はよく分からないが、もう一人の方は研究員だろう。
どうやら親玉とやらには人間の部下もいるらしい。

その二人が、部屋から通路へ出てきた。俺は咄嗟に隠れたので見つからずに済んだ。
俺は、誰もいなくなった研究室に潜入した。

研究室を調べるにあたって、まず目に付いたのが”ローバルの研究データ”。流し読みした後、懐に仕舞い込む。
”DFD　第13案　未採用”と書かれた資料。完成図を見ると、シュウスケのフェアリードライバーにそっくりな機械が見えた。
何か引っかかる部分があるので、この資料も持ち出す事にする。

「おーっと、動くんじゃねーぞ」

………人間の部下、それも研究員ではない方。
背後から銃を突きつけられるまで、全く気配が読めなかった。かなりの手練だろう。

「……アンタどうやってここまで入り込んだんだ。ローバルだって結構置いといたハズだぜ？」

「………………」

問い掛けには答えず、沈黙だけが場を支配する。

《10秒ダ》

（…何がだよ）

《キサマダケデ変身出来る時間ダ。10秒を超スト、キサマハどろどろニナッタ後バクハツスル》
《変身シテ全力デ離脱シロ。オレガ止メタラ、スグ解除シロ》

（………テメェに指図されるのは気に喰わねーが…それしか無さそうだな。乗ったぜ）

「質問に答えろ。どうやって侵入し……」

男の言葉に耳を傾けることもなく、俺は”炉”を開放する。
体が焼けるように熱くなり、溢れ出す生命エネルギーが黄金に輝く。


放たれる銃弾を避け、研究室の壁をぶち破り隣の部屋へ。1秒経過。

隣の部屋にいた成体ローバルを勢いのままに蹴り飛ばす。3秒経過。

窓がある方の壁をまたぶち破り、館の外へ。4秒経過。

着地と同時に襲い掛かってきたローバルを蹴散らす。6秒経過。

赤い龍のような成体ローバルに拘束される。9秒経過。

エネルギーを一気に放出してローバルを振り払い、空間偽装圏の外に向かう。10秒経過。
空中で変身を解いた俺は投げ出されるように圏内から脱出した。

「はぁ……はぁ……」

《………追ッ手ハ来ネーミタイダゼ。助カッタナ》

「……人間の方を送り込まれた可能性がある。慎重に行くぞ」

《ウイ》

後はいつものように、痕跡を残さないように帰還するだけ。
”怪傑X”としての経験も、捨てたものではない。




小屋には無事辿り着けた。

ベッドにはミクネが眠っていたが、自分が小屋の扉を開けるとすぐに目を覚ました。

「サイネルさん、もう傷は大丈夫なんスか…？」

「……まぁな」

昔から傷の治りは早い方だったが、流石にここまで早いと自分でも気持ち悪い。

《ソンナ事言ウナヨ》

うるさい。

「……サイネルさん、話があるッス」

「…あん？」

その問い掛けは、あまりにも唐突で―――

「聞いてもらっても、いいッスか？」

完全に騙される典型的な天然タイプであった。

エルが差し出した紙袋には、「鮭＆牛特上ハラミ」と「麦飯」と書かれている。

[CAUTION]

[DETECTED]